『蜜蜂と遠雷』徹底ネタバレ解説!あらすじから結末まで!
近年その覇者が音楽界の寵児となる芳ヶ江国際ピアノコンクール。自宅に楽器を持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女としてデビューしながら突然の母の死以来、弾けなくなった栄伝亜夜20歳。楽器店勤務のサラリーマン・高島明石28歳。完璧な技術と音楽性の優勝候補マサル19歳。天才たちによる、競争という名の自らとの闘い。その火蓋が切られた。
「BOOK」データベースより
2次予選での課題曲「春と修羅」。この現代曲をどう弾くかが3次予選に進めるか否かの分かれ道だった。マサルの演奏は素晴らしかった。が、明石は自分の「春と修羅」に自信を持ち、勝算を感じていた…。12人が残る3次(リサイタル形式)、6人しか選ばれない本選(オーケストラとの協奏曲)に勝ち進むのは誰か。そして優勝を手にするのは―。
「BOOK」データベースより
第156回直木三十五賞、そして第14回本屋大賞受賞とW受賞の偉業を成し遂げた作品です。
受賞作といっても様々ですが、僕はハードカバーで読み、そして文庫本で再読し、改めて本書の持つ魅力に気が付きました。
普段、本を読むと頭の中で想像を膨らませるのですが、本書を読むと、その想像が部屋一面に広がるのです。
感覚が広がるというか、まるでその場にいるかのような臨場感を味わうことができます。
僕はあまりクラシック音楽に詳しくないのですが、それでも本書を読めばその音楽の意味するところ、演奏者の意図や思いが伝わってくるような気がして、文庫本にして八百ページ以上ある文章量もあっという間に読んでしまいました。
恩田さんの新たな代表作となること間違いなしの作品です。
以下は本書に関する恩田さんへのインタビューです。
恩田陸、作家生活25周年記念ロングインタビュー | カドブン
また映画化もされていて、難しい本書の世界観がしっかり再現されています。
この記事では、そんな本書についてあらすじや個人的な感想を交えながら書いていきたいと思います。
ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。
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タイトルの意味
内容に入る前に、タイトルの意味について。
まずは蜜蜂。
塵は蜜蜂の羽音を何度も聞いていて、それは世界を祝福する音だといっています。
そしてラスト、塵=ミュージック(音楽)だとしていて、ここでは塵=蜜蜂と置き換えることが出来ます。
それから遠雷。
第三次予選の自分の番の直前、塵はホールの外の窓から冬の景色を眺めます。
外では遠いところで、低く雷が鳴っています。
塵は、今は亡き先生・ユウジに問いかけ、その雷を見て何かが胸の奥で泡立つのを感じます。
雷はまるでユウジの教えのようでした。彼は今でも塵を見守り、導いているのです。
その後、塵は調律について、天まで届くような音を希望していて、それはホフマンに聞かせるためでした。
このことから『蜜蜂と遠雷』とは『塵とホフマンの教え(導き)』と考えることができます。
あらすじ
エントリー
本書では主に四人のピアニストに焦点が当てられます。
彼らは予選で競うことになりますが、それまでの経緯はこの『エントリー』の章にて語られます。
風間塵
世界五都市で行われるピアノのオーディション。
パリのオーディションは嵯峨三枝子ら三人の審査員が担当しますが、これといった逸材は現れず、退屈していました。
そんな時、三枝子はオーディションを受ける候補者の書類の中に『ジン カザマ』の名前を見つけます。
彼の経歴は学歴もコンクール歴もなく、ただ『ユウジ・フォン=ホフマンに五歳から師事』とだけ書かれていました。
ホフマンは今年の二月に亡くなった伝説的音楽家で、彼は生前、爆弾をセットしておいたよと言い残していました。
そしてジンが演奏すると、その爆弾が彼であることを確信します。
他の二人の審査員はジンを絶賛しますが、三枝子だけはホフマンに対するひどい冒涜だと頑なに合格を認めようとしません。
しかし、それは予想通りの反応でした。
ホフマンの遺した推薦状には、塵は天からのギフトであること、そして中には彼のことを拒絶する者もいるだろうと書かれていて、三枝子はまさにこの通りでした。
結局、二人の説得により塵はオーディションを合格。
彼の父親は養蜂家であること、オーディション会場に泥だらけの手で遅刻してきたことなどから、早くも皆の興味を集めます。
しかし、塵が音楽的な教育を受けていないことは明らかで、普通であれば、どれだけ実力があっても無名では名を上げていくことはできませんが、そこでホフマンの推薦状が活きてきます。
これによってクラシック音楽界は彼を無視したり黙殺することはできません。
三人の頭の中に、ホフマンの言葉がよみがえります。
彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『厄災』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。
栄伝亜夜
亜夜は幼い頃から天才ピアニストとして名を馳せますが、十三歳の時に彼女を支えてくれた母親が急死。
しばらくぼんやりとしていましたが、ある時にその事実にようやく気が付き、亜夜はコンサートのステージから逃げ出し、高校までピアノから離れて過ごします。
しかし、大学進学を考え始めた頃、母親と音大で同期だった浜崎が現れ、ピアノを聴かせてくれないかと依頼されます。
その演奏がきっかけとなり、元々その腕前を知っていた浜崎は彼女の才能を再認識。
異例として、彼の所属する日本で三本の指に入る名門私立音大に彼女を入学させます。
そして二十歳になり、亜夜はコンクール出場を決めるのでした。
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール
フランス人の父親と、日系三世のペルー人を母親に持つマサル。
彼は五歳から七歳までを日本で過ごしましたが小学校で拒絶され、その後は三年間をフランスで過ごし、今は両親共々アメリカで暮らしていました。
そして今回、コンクールに出場するために芳ヶ江に滞在しています。
マサルがピアノと出会ったのは日本で、彼より少し年上のアーちゃんという女の子と一緒にピアノを習っていました。
後に、女の子が亜夜であることが判明します。
今回、マサルは音楽家、ナサニエル・シルヴァーバーグの秘蔵っ子として注目されています。
高島明石
二十八歳になる明石は、最高齢として芳ヶ江国際ピアノコンクールに出場することを決めます。
明石は家庭を持ち、楽器店で働く身ですが、息子の明人に本当に音楽家を目指していた証を残したいと思っていました。
その話を聞きつけた高校の同級生・仁科雅美はコンクールのドキュメンタリーを撮りたいと明石にオファーを出し、彼もそれを了承します。
明石はかつて音楽を学んでいましたが、その世界に入るのが怖いと思い、普通の場所にとどまっていました。
それでも熱意は残ったままで、これがラストチャンスと思って長年のブランクを埋めるように練習します。
第一次予選
一日目
いよいよ始まったコンクールの第一次予選。
始めこそ緊張感に包まれますが、始まればそれが日常と化し、順番に演奏が披露されていきます。
演奏者には三つの課題が与えられ、演奏時間は二十分。
近年は特にコンテスタント(コンクールに挑戦する人のこと)のレベルが上がり、一次予選とはいっても気が抜けません。
最初に注目されたのは、マサルと同じ学校の同級生であり、彼にライバル心と恋心を抱くジェニファ・チャン。
彼女はすでにコンサートデビューも果たしている実力者で、噂通りの演奏を見せつけます。
そして、この日最後の演奏者が明石で、客席では妻・満智子が見守ります。
最後の演奏ということで客席は疲れた雰囲気に包まれていましたが、明石の演奏が始まると、みんな目を覚ましたように聞き入ります。
音楽に詳しくない満智子でさえ、彼の弾く曲の意味がなんとなく分かったような気になります。
演奏が終わると、明石は晴れ晴れとした表情で笑い、客席からは拍手と歓声が上がります。
満智子は思います。
自分は音楽家の妻だ、自分の夫は音楽家だ、と。
二日目
演奏が最終日ということで、友人の奏と共に客席で演奏を聴く亜夜。
マサルが登場すると、会場がどよめきます。
演奏が始まると、それは単なる色物扱いではないことが分かります。
彼はハイブリッドという特性を自分の個性に変え、あらゆる要素が無理なく詰まっていました。
あまりの出来栄えに、亜夜は彼がすでにスターであることを確信します。
最終日
ここで出番を迎えたのは、塵です。
彼はすでに『蜜蜂王子』の愛称で噂になっていました。
会場がどよめく中、当の塵は何の気負いもなく演奏します。
その音はまるで天から降ってくるようで、審査員も強い驚きとショックを覚えます。
そして演奏が終わると、悲鳴や怒号が飛び交い、コンクールの進行に支障が出ます。
この様子をパニックだと、三枝子は思います。
今回も塵への評価は真っ二つに割れていますが、三枝子自身は前回と違い、彼の演奏を受け入れることができました。
三枝子は、塵の音楽が人を感情的にさせることに気が付きますが、ホフマンがそれを知った上で何を狙っているのかは分かりません。
そして、ラストに近い亜夜の出番がやってきます。
彼女は周囲の心無い言葉に気が付き、ついさっきまで絶望の淵に立っていました。
ところが塵の演奏を聞き、かつての自分のように弾きたいと強く思うようになっていました。
一方、会場にいるマサルは居心地の悪い雰囲気を感じ、演奏者を気の毒に思います。
しかし、亜夜の顔を見た瞬間、日本にいた頃、一緒にピアノを習った『アーちゃん』であることに気が付きます。
演奏が始まりますが、一音鳴った瞬間から、会場の雰囲気が一気に変わります。
彼女の演奏はもはやプロの域に達していて、誰もがその音に魅了されます。
そして、昔から彼女のファンだった奏は、亜夜がステージに戻ってきたことを喜びます。
演奏が終わると、亜夜は気が抜けてステージ上とは別人のようになりますが、その余韻を噛み締めます。
そんな時、マサルは『アーちゃん』と声をかけ、亜夜もまた彼が『マーくん』であることに気が付き、二人は再会を喜びます。
コンテスタントの演奏が全て終わると、審査委員長のオリガ・スルツカヤから一次予選を通過したコンテスタントの名前を読み上げます。
緊張感が漂う中、通過者の中に、塵、マサル、亜夜、明石の名前がありました。
三枝子の予想通り、塵の評価は真っ二つに割れ、合格ラインギリギリでの通過でした。
第二次予選
一日目
一次予選の翌日からは、さらに三日間に渡る二次予選が始まります。
この予選では演奏者に四十分の演奏時間と、三つの課題が与えられ、その中でも唯一の新曲で現代曲であり、宮沢賢治の詩をモチーフにした『春と修羅』の演奏をどうプログラムに組み込むかがカギとなります。
まずはマサルをライバル視するチャンから演奏は始まります。
しかし、亜夜は感心しつつも、どこか醒めていました。
それでも自分の演奏に対するヒントは多くあり、マサルと亜夜は自分の演奏に向かって集中力を高めます。
一日目に、明石は自分の出番を迎えます。
彼は本番を前にして不思議な風景を目の当たりにし、演奏を始めてそれが『春と修羅』に繋がっていることに気が付きます。
彼の演奏の出来栄えは上々で、本人も納得のいくものとなりました。
予選一日目が終わると、三枝子たち審査員は塵のことを話します。
そこで分かったのは、塵はピアノを持っていないこと、そしてユウジの遠い親戚に当たるということでした。
二日目
二日目の一番を飾ったのはマサルでした。
亜夜は彼の完成度の高い演奏を聞き、『春と修羅』に即興で挑むのは無謀なのでは?と思ってしまいます。
ここからは下巻。
二日目が終了しますが、マサルの演奏が亜夜の頭から消えることはなく、早く塗り替えなければと焦ります。
そこで亜夜は担当教授の友人の先生の家をたずねて練習をしようとしますが、そこに現れたのは塵でした。
塵はマサルの演奏を見事に再現し、亜夜にいいます。
ホフマンに、一緒に音を外に連れ出してくれる人を探しなさいといわれていて、亜夜がそうかもしれない、と。
意味が分からない亜夜ですが、塵との連弾をすると、それは月まで飛び越えるような感覚で、彼女の頭に自分の『春と修羅』が浮かび上がります。
最終日
迎えた最終日。
亜夜は塵とのセッションを経て、誰が見ても昨日とは別人のようでした。
しかし、塵の演奏を経て、亜夜はさらなる成長を遂げます。
それはここまで数多くの演奏を聞いて疲れている観客の気持ちを魅了し、天才少女の完全復活を見せつけます。
そして結果発表を迎えます。
すでにデビューを果たしているチャンはここで落選し、明石も同様です。
一方、マサル、塵、亜夜は三次予選へと進むのでした。
第三次予選
一日目
ここからは十二人が持ち時間一時間を与えられ、六人だけが本選に進むことができます。
誰もがここまで勝ち進んだ腕の持ち主ですが、ちょっとしたことで調子を崩し、本来の演奏ができずに敗退していきます。
そんな中、マサルは彼らしいダイナミックな演奏を披露し、亜夜はそれを『面白い』と評します。
一日目はこうして終わりますが、塵は相変わらずのマイペースさを見せ、気負いのないところを見せてくれます。
最終日
最終日、亜夜はここまで、塵の音を聞いてその度にステージに立ちたいと思うことができました。
彼が、真の音楽の世界に踏み込む理由を作ってくるかもしれないと、今も願っています。
そして塵の演奏が始まり、それは決められていない即興のような、いうなればコンクールではなくライブでした。
亜夜は、ステージ上の塵と会話しているかのような錯覚を覚えます。
塵の演奏は絶賛され、亜夜はようやく自分が何も分かっていなかったことに気が付きます。
覚醒した状態でステージに向かい、観客もまた亜夜のことを待っていました。
亜夜は二次予選よりもさらに一回り成長した演奏を披露し、三枝子に天才だと言わしめます。
そして、ホフマンのいっていた『ギフト』の意味をようやく理解します。
塵の才能を起爆剤として、他の才能を秘めた天才たちを弾けさせたのだと。
塵は『厄災』などではなく、間違いなく『ギフト』です。
演奏が終わると、聞いていた明石はたまらず亜夜に駆け寄り、帰ってきてくれたことに感謝します。
すると二人は初対面にも関わらず同じ気持ちを共有し、子どものように泣きじゃくるのでした。
そして結果発表。
しかし、予定の時間になっても審査員は現れず、誰かが失格したという話が飛び交います。
誰もがプログラム通りの演奏をしなかった塵のことだと思い、彼を哀れみますが、結果は別のコンテスタントでした。
マサル、塵、亜夜は揃って通過し、本選へと駒を進めるのでした。
一方、明石のもとにコンクール事務局から電話がいき、彼が『奨励賞』と『菱沼賞』に選出されたことを伝えます。
菱沼賞は『春と修羅』を演奏したコンテスタントの中で、一番良い演奏をした者に贈られる賞のことです。
明石は喜びと音楽家として生きていける確信を得るのでした。
本選
コンクールも残すは本選のみ。
本選ではリハーサルを経て、オーケストラの中に入っての伴奏を求められます。
今回はほとんどが経験者のためオーケストラも安心しますが、塵だけは違います。
経験のない彼にはじめ、オーケストラの面々は反抗心を見せますが、すぐにその才能を見せつけ、プロでさえも手なずけてしまいます。
そして迎えた本番。
初日にマサル、二日目に塵が演奏し、ラストを亜夜が飾ります。
彼女は塵の演奏を受けて、一緒に音を外に連れ出すという約束を演奏で示します。
ちなみに、亜夜の演奏をシーンだけは割愛されています。
結末
コンクールが終わり、ホフマンの遺した塵について話す三枝子とナサニエル。
二人は期待を大きく上回るコンクールに満足し、ホフマンに献杯します。
活躍したコンテスタントたちの今後が見えてきたところで、ナサニエルは元妻である三枝子に復縁を求め、彼女はそれを保留にします。
そして、塵は一人で耳を澄ませます。
世界は音楽で満ちていました。
彼は世界を祝福する音の聞こえる場所に帰らなければならないと思い、駆けだします。
少年は、ミュージックです。
彼の動きひとつひとつが音であり、音楽が駆けていきます。
ちなみに巻末で、本選の結果が明かされます。
一位がマサル、二位が亜夜、三位が塵です。
おわりに
こんなに感覚を広げてくれる作品は初めてな気がしました。
この先、これほどの感動を得られるのだろうかと思うと、ちょっと怖い気もしますが、それ以上にこの作品と出会えた感動を噛み締めたいと思いました。
音楽、ならぬ小説は素晴らしい。
スピンオフ作品はこちら。
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