『臨床真理』あらすじとネタバレ感想!柚月裕子の変わらない信念がうかがえるデビュー作
人の感情が色でわかる「共感覚」を持つという不思議な青年―藤木司を担当することになった、臨床心理士の佐久間美帆。知的障害者更生施設に入所していた司は、親しくしていた少女、彩を喪ったことで問題を起こしていた。彩は自殺ではないと主張する司に寄り添うように、美帆は友人の警察官と死の真相を調べ始める。だがやがて浮かび上がってきたのは、恐るべき真実だった…。人気を不動にする著者のすべてが詰まったデビュー作!
「BOOK」データベースより
柚月裕子さんのデビュー作である本書。
第7回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞していて、柚月さんの内面を徹底的に掘り下げた描写がすでに発揮されています。
ミステリというよりもサスペンスという趣が強く、展開が読めてもドキドキの止まらない読書を楽しむことができます。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
自殺?
知的障害者入所更生施設・公誠学園に入所していた少女・水野彩が左手首を切って失血状態で倒れているのが見つかり、救急車で運ばれます。
施設長の安藤に加えて、彩と特別仲の良かった入所者・藤木司が同行しますが、彩は病院に搬送される前に『死にたい』ともらして死亡。
司は安藤が彩を殺したのだと暴れ出し、救急車はそのせいで事故を起こしてしまいます。
本書の物語は、この一連の出来事が発端になっています。
共感覚
上記の事件後、司は鑑定入院医療機関に入院することになり、新米臨床心理士の佐久間美帆がカウンセリングを担当することになりました。
司は美帆に心を開こうとしませんが、ぽつりと『赤』、『白』、『橙』など色を口にします。
美帆にはその意味が分かりませんでしたが、何度目かの面会時、司は人の声が色に見え、そこから感情を読み取れるのだといいます。
赤は嘘を言っている時、白は本当のことを言っている時、橙はエネルギーに満ちた色、などと分かれています。
はじめ、美帆は司の特殊な能力が信じられず、そのことを見透かされてしまいます。
しかし、司を信用し、彩の死の真相を一緒に突き止めたいという気持ちに偽りはなく、司は少しずつ美帆に心を開いていきます。
こうして、二人の調査が始まりました。
癒着
美帆は高校時代の同級生で警察官の栗原に協力を依頼。
その一方で、独自に調査を進めます。
司と彩が入所していた公誠学園の関係者から有力な情報は得られませんでしたが、彩の遺品の中から避妊薬に用いられるピルとUSBメモリーを見つけます。
USBメモリーはパスワードがかかっていて中を見ることができませんが、後に重要な情報をもたらします。
時には司も美帆に同行し、声の色から相手の嘘を見抜き、そこを取っ掛かりに調査を続けます。
すると公誠学園が特定の障害者に肉体関係を持たせ、その代わりに入所者を優先的に雇用してもらうよう依頼していたことが判明。
彩が関係を持たされ、それを苦に自殺した可能性があります。
美帆は安藤たちを逮捕できるだけの証拠集めに奔走しますが、その最中に安藤がマンションから転落して死亡。
障害者と肉体関係を持っていた関係者も美帆のことは知らないといいます。
では、なぜ彩は死ななければならなかったのか。
美帆と司は諦めずに調査を続け、やがて思いがけない人物の犯行が浮かび上がります。
感想
変わらない信念
これは柚月さんの様々な作品を読んだからの感想かもしれませんが、作家として軸がぶれない人だなと感じました。
事件そのものではなく動機にこだわり、それを伝えるためであれば描くことをためらうようなデリケートな、あるいは過激な描写を躊躇なく取り入れる。
これはどの作品を通じるもので、デビュー作である本書においてもそれが変わらないことが分かり、信用できる作家さんだと確信できました。
感情が揺さぶられる描写
ミステリとして読むと、やや物足りないかもしれません。
物語の構造自体は単純なので、犯人もおのずと見えてきます。
しかし、本書の魅力はそこになく、上述したようになぜそんなことをしてしまったのかという動機にあります。
もちろん事件を追う側にも追う理由があり、強い信念に裏付けされた行動は説得力があり、何より迫力が違います。
来ると分かっていても、衝撃的な展開を前に心臓が高鳴るし、思わず手に力が入ってしまいました。
デビュー作ということもあり、後年の柚月さんの作品と比べれば粗があり、物足りなさもありますが、それはあくまでも比べてみた場合です。
柚月裕子という作家を知る上で、出発点となった本書は欠かせない一冊であることに間違いありません。
賛否分かれる主人公
一方で、主人公である美帆について、おそらく賛否が分かれると思います。
美帆は正義感が強く、思ったことはすぐに行動に移さないと気が済まないタイプです。
その強引な手法ゆえに調査は難航し、司に無理をさせてしまうことも少なくありません。
栗原からは何度も注意されますが、それでも美帆は反省することなく突き進み、自分に危険が及ぶ、というよくあるパターンです。
好意的に見れば、直情的な美帆がいるからこそ、それとはタイプの違う司や栗原が活きてくるわけで、うまくバランスが取れています。
否定的に見れば、美帆がもう少し考えて行動できるタイプであれば、読者は余計な心配や苛立ちを抱えずに済んだかもしれません。
僕はサスペンスという性質上、美帆のような突き進むパワーを持った人物が必ず必要だと思っているので、美帆に感情移入しすぎることなく、ちょっと俯瞰した立場から読書を楽しむことができました。
おわりに
柚月裕子という作家を知る上で、本書を読めて本当に良かったです。
変わらない信念を抱き、常に進化と変化を続ける。
これから先も柚月さんの活躍から目を離してはいけないと確信できた一冊でした。
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