恩田陸

『光の帝国 常野物語』あらすじとネタバレ感想!不思議な力を持つ常野一族の心温まる物語

膨大な書物を暗記するちから、遠くの出来事を知るちから、近い将来を見通すちから――「常野」から来たといわれる彼らには、みなそれぞれ不思議な能力があった。穏やかで知的で、権力への志向を持たず、ふつうの人々の中に埋もれてひっそりと暮らす人々。彼らは何のために存在し、どこへ帰っていこうとしているのか? 不思議な優しさと淡い哀しみに満ちた、常野一族をめぐる連作短編集。優しさに満ちた壮大なファンタジーの序章。

Amazon商品ページより

本書は常野という不思議な力を持った一族を主題に置いた連作短編集で、『常野物語』シリーズとしてこれまでに三作発表されています。

短編ごとに繋がっていて、読み進めるごとに常野とは一体どんな存在なのかを知り、彼らの温かさに触れ優しい気持ちになれます。

感情に訴えかけてくる名作の数々を世に送り出してきた恩田陸さんですが、本書はその中でも個人的な一番のオススメです。

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

常野とは

内容に入る前に、大きなテーマである常野について簡単に解説します。

トコノと読むこの言葉。

『権力を持たず、群れず、常に在野(ざいや、何にも属していないこと)の存在であれ』という意味を持ち、東北にある架空の地域を指します。

文庫本の久美沙織さんの解説によると、柳田國男の『遠野物語』に影響された可能性もあると言及されています。

常野一族は穏和な性格ですが固い絆で結ばれ、遠く離れていてもピンチの時には駆け付け、例え一人でいてもその繋がりを感じることが出来るのだといいます。

本書では常野一族の様々な能力だけでなく、彼らの歴史、使命なども見どころになっています。

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あらすじ

大きな引き出し

中学一年の姉・春田記実子と小学四年の弟・光紀は両親の都合で常野から引っ越してきますが、彼らには他の人には言えない能力がありました。

彼らは能力に応じてどんな書物や楽譜でも『しまう』(記憶して忘れることがない)ことが出来ます。

光紀は他の人と自分が違い、自分の能力を明かしてはいけないことに不満を抱いていました。

そんな時、両親は揃って『虫干し(吸収した情報が飽和状態になると一週間から十日間眠り、情報を整理すること)』に入ってしまいます。

この話は、両親不在の状態で光紀が能力を開花させ、一回り成長するものです。

二つの茶碗

三宅篤とその妻・美耶子の馴れ初めの話。

篤は取引先の部長にとっておきの店に誘われ、そこで働く美耶子と出会います。

美耶子は実は常野の人間で、彼女には相手の未来を見る能力があるのだといいます。

篤は美耶子に将来を保証されますが、そんな話をいきなり信じられるわけがありません。

二週間後、主人がその店を別の人に譲ることになり、篤は主人から美耶子が店にやって来た二十年前のことを教えてもらうのでした。

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達磨山への道

恋人の藍子に愛想を尽かされた倉田泰彦は、友人の克也と共に達磨山に登ります。

人生の転機にある人がこの山に登ると、その人にとって重要な場面が目の前に現れるという噂があり、泰彦の父親もかつて達磨山に登り、その場面を見たのだといいます。

泰彦はこれまでの日々を振り返り、不意にその場面に出くわすのでした。

オセロ・ゲーム

拝島暎子は高校生の娘・時子と二人暮らし。

仕事のできる女性ですが、常に何かに怯えていました。

暎子とその夫は常野の人で、普通の人には見えないものを見ることができます。

それは街のどこにでも潜んでいて、暎子たちを『裏返そう』としてきます。

そのため暎子は常に辺りに注意を払い、裏返される前に彼らを裏返さないといけません。

一族の中でも特に力を持っていた暎子の夫ですが、彼は何者かによって裏返されて今はいません。

暎子はいまだにそのことが信じられず、いつか夫を取り戻すことを誓い、時子がやつらのことを知らずに生きて欲しいと願っていました。

しかし、暎子の願いは虚しく、その時は訪れます。

手紙

『達磨山への道』で泰彦の父親・篤彦が常野について調べていることが明かされていますが、この話では篤彦に依頼された高校時代の友人たちが篤彦に手紙で調査報告をするという形で物語が進行します。

ここでは遠くに離れたところで起こることも目の前で見聞きできる『遠耳』という人の話が出ます。

またツル先生こと遠野一郎という教師が常野の一族である可能性が出てきて、寺崎という友人がその行方を追うというのがこの話の主な内容です。

光の帝国

本書の表題作。

『手紙』で話に出てきたツル先生が主役として登場します。

時は戦時中で、ツル先生は常野の子どもたちを預かれるよう青森県の山奥に学校を作ります。

そこには様々な心の傷を負った人たちが集まり、自給自足の生活をする中でじょじょに生来の魅力を取り戻して行きます。

しかし、平和は長く続きません。

常野一族の不思議な力は軍に目をつけられていて、拉致される事件が多発していました。

世間とは無縁と思われていたツル先生の学校ですが、ついにその魔の手が伸びてきたのです。

歴史の時間

『大きな引き出し』に登場した記実子のクラスメイト・矢田部亜希子が視点の話。

記実子は不思議な魅力を持つ生徒で、亜希子は記実子に誘われて空を飛ぶ映像を見ます。

覚えがないのにとてもリアルな光景で、そこで亜希子は自分が何者なのかを知ります。

草取り

『草取り』をする男性を取材するために主人公が現場に同行させてもらうという話。

しかし、もちろんただの草取りではありません。

最初は主人公には何も見えませんが、男性がきっかけを与えてくれたことでじょじょに男性の見ていた物の正体に気が付きます。

街のあちこち、さらに行き交う人に謎の草が生えているのです。

草の姿や色は様々で、異形の何かが世界を侵食しているのは明らかでした。

主人公は男性の『草取り』に同行して、世界の裏側を知ることになります。

黒い塔

『歴史の時間』から十年後。

亜希子の周りで不思議なことが立て続けに起こり、精神的に限界を迎えていました。

そんな時、亜希子は実家のある秋田に帰るためのバスに乗り込み、事故に巻き込まれます。

めちゃめちゃに潰れたバス、ガソリンに引火して大きくなる炎。

絶望的な状況の中、亜希子は遠くに集落の明かりを見つけ、そこまで飛んでいきたいと願います。

すると体が宙に浮かび、そこで十年ぶりに記実子と再会するのでした。

国道を降りて…

常野の一族でありチェロの奏者である川添律は、一族の召集を受けてフルート奏者の田村美咲と共に律の故郷に向かっていました。

なかなか目的地につかない中、律と美咲が出会った海外での出来事が描かれます。

美咲は律に他の演奏者にはない不思議な魅力があることに気が付き、また目的地が近づくにつれて不思議な安堵感に包まれていることに驚きます。

感想

優しくて哀しい一族

常野一族は穏やかで知的で、権力への志向を持たないといわれていますが、本書に登場する一族の人は皆その言葉通りの人柄をしています。

静かさの中に強い意志が秘められていて、人によって時期は異なりますが一族特有の能力に目覚め、一族の生き方を理解していきます。

しかし、その能力ゆえに哀しい歴史を持ち、本書ではその一部が描かれています。

また能力を常野以外の人に話すことはできず、そのことに苦悩する人もいました。

これだけを見ると悲壮感漂う物語に思えます。

ところが、本書に描かれる常野の人はみんなもっと広い視点から一族の在り方を悟り、決して穏やかなだけではない未来に対して希望を持っています。

彼らの中には優しさが溢れ、小さくとも確かな光を放っています。

哀しいこともあるけれど、読了感はやはり優しさに包まれていたという安堵感が一番でした。

一人じゃない安心感

あちこちに散らばり、大きな運命に一人ではどうにもならないこともあります。

常野一族は離れていてもお互いのことを知ることが出来、時には手を差し伸べてくれます。

この繋がりがあるからこそ、例え離れていても前を向いて一歩ずつ歩き出すことが出来ます。

この一人じゃないという安心感は僕の心も穏やかにしてくれました。

彼らの目指す先とは

結局、本書の中では常野一族の全ては語られません。

散らばっていた一族が集まり出したことで、何かよくないことが起きるのではと予感させて終わります。

消化不良というほどではありませんが、先が気になる終わり方です。

でも、ご安心ください。

シリーズ続編には『蒲公英草紙』、『エンド・ゲーム』という二作があり、そこで本書とは違った常野一族が描かれていますので、まだまだ一族の旅は終わりません。

ちなみに『エンド・ゲーム』のあとがきにて、どの作品も独立していてどこから読んでも大丈夫だと恩田さんがコメントしています。

こだわりがなければ順番に読むことをオススメしますが、表紙やタイトルに惹かれた時はその作品から読むというのも面白いと思います。

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おわりに

不思議な魅力が溢れる作品で、自分も実は思い出せないだけで常野の人間なのでは?なんて思ったりもしました。

短編で読書が苦手な人でも意外と読めてしまうボリュームなので、ぜひより多くの人に読んでほしいと思います。

上述しましたが、恩田作品の中でもイチオシです。

常野物語シリーズ第二弾はこちら。

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