ミステリー

『この闇と光』あらすじとネタバレ感想!美しい世界が崩壊して見えてくる現実と幻想とは?

森の奥に囚われた盲目の王女・レイアは、父王の愛と美しいドレスや花、物語に囲まれて育てられた…はずだった。ある日そのすべてが奪われ、混乱の中で明らかになったのは恐るべき事実で―。今まで信じていた世界そのものが、すべて虚構だったのか?随所に張りめぐらされた緻密な伏線と、予測不可能な本当の真相。幻想と現実が混ざり合い、迎えた衝撃の結末とは!?至上の美を誇るゴシックミステリ!

「BOOK」データベースより

大学生の頃に本書を始めて読み、この記事を書くに当たって十数年ぶりに読みました。

結末を知っているのに、あの頃には感じることの出来なかった細部に至るまで完璧に作り上げられた世界、本書を象徴する結末の持つ意味が分かるようになり、とてつもない作品を読んでいたのだと以前の自分が恥ずかしくなりました。

耽美、ミステリという言葉で語られがちですが、それはあくまで一要素に過ぎません。

本書には著者である服部まゆみさんの磨き抜かれた思想や嗜好から厳選された美醜、高貴卑俗といった対比となるものが描かれ、まさに『闇と光』です。

どうしても賛否両論分かれてしまう内容ではありますが、出来るだけ先入観を持たず、ただ本書の持つ世界に没入してもらえれば幸いです。

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

タイトルの意味

本書の内容に入る前に、タイトルの意味について。

『この闇と光』とは、作中に登場するグノーシスの神・アブラクサスにちなんだ言葉です。

大抵の神は良き神として光の側に属し、逆に悪神や悪魔など闇の側に属する神もいるなど、世界には光と闇が存在します。

人間は光(善)と闇(悪)を併せ持っていて、だから神もこの両方を持っていないとおかしいと作中では言われていて、その神として名前を挙げられるのがアブラクサスです。

以後、単に神という場合はアブラクサスのことを指し、主人公であるレイアが成長する過程において非常に重要な意味を持ちます。

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あらすじ

囚われの姫

レイアは一国のお姫様で、目が見えません。

目が見えないのは魔女のしるしとされていて、国民の目に触れないよう四歳の頃から別荘の限られたスペースでしか行動出来ませんでした。

しかし、レイアには優しい王の父がいて、くまのぬいぐるみのプゥがいて、犬のダークがいます。

意地悪なダフネは嫌いでしたが、レイアを取り囲む世界は決して悪いものではありませんでした。

父から言葉の読み書きや知識、音楽や芸術などあらゆることを教わり、レイアは目が見えないとは思えないスピードでそれらを吸収していきます。

レイアを取り囲む環境

レイアはとりわけ本や音楽を好み、父がいない時はそれらの美しい世界に浸っていました。

後にこれらがひどく偏っていて、父あるいは著者である服部さんの嗜好が色濃く反映されていることが分かります。

目の見えないレイアにとって、父の与えてくれるものが世界そのものです。

レイアはこれらの芸術に触れ、やがて取り込んでいきます。

そうして作り上げられた世界は美を追求した耽美なものであり、現実ではありえない幻想的なものでした。

暴動

レイアはそんな日々がいつまでも続くと思っていましたが、十三歳の時に恐れていた暴動が起きます。

ダフネに連れられ、事情が飲み込めないままレイアは四歳からずっといた家を離れ、車で安全なところまで逃げます。

父はどうなったのか。

あの家に帰れるのだろうか。

不安が波のように押し寄せる中、ダフネはレイアを安全な所まで連れてくるとその場から離れ、やがてレイアは見知らぬ人たちによって保護されます。

そこで聞かされたのは、レイアには信じられないことの連続でした。

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感想

作られた世界

中盤まで、本書で描かれるのはレイアの閉じ込められている別荘の限られたスペースだけです。

それもレイアは目が見えないので、あくまで視覚以外の感覚を通じて分かること、父親から教えられること、レイアの目が見えた頃の記憶から連想したイメージに限定されます。

これを百ページ以上続ければ単調で飽きがきそうですが、本書においてそんなことはありません。

目が見えないことで現実とレイアの抱くイメージ(幻想)がうまく混ざり、存在しないはずの美しい世界を描くことに成功しています。

イメージに限界はないので、どんな大それたことでも簡単に思い浮かべることができ、不安を抱いても見えないので払拭する術が非常に限られています。

限りなく嘘なのに、ちゃんとそこに存在する美しい世界。

服部さんの膨大な知識も相まって、違和感なくレイアの見ている世界に没入することが出来ました。

耽美だけでない

本書を説明する中で、耽美という言葉を見かけます。

その言葉は間違っていませんし、解説を皆川博子さんがされていることからも一つの魅力であることは確かです。

しかし、耽美なだけの作品では決してありませんので、未読の人はぜひ先入観を持たないようお願いします。

現実と虚構が混ざり合い、それらを区別してもなお虚構に向かってしまう心。

まさに闇と光の同居した世界で、本書の最も描こうとしている部分ではないでしょうか。

それは耽美であり、同時に醜くいものでもあるので、その両方を堪能してもらえればと思います。

ミステリと決めつけないで

本書の作品紹介にはミステリと明記されているので、どうしてもその方面に期待してしまう人もいると思いますが、個人的にはオススメしません。

というのも、ミステリとなる部分の詰めが多少甘く、粗を探そうと思えばいくつも見つかって本書を純粋に楽しめなくなるからです。

結末まで読んだ人であれば分かると思いますが、謎解き部分はさほど重要ではなく、問題となっているのは真実が明らかになった上でどうするか、ということです。

さらなる闇と光の世界に通じるであろう結末は背筋がぞくりとしますので、ぜひその目でお確かめください。

おわりに

本書を二度目に読んだ時、はじめて服部さんが亡くなっていることを知りました。

こんなに芳醇で美しく、そして醜さも併せ持った作品を生み出せる人を僕は知らないので、彼女の新しい作品はもう読めないのだと思うと喪失感に襲われます。

幸い、僕は服部さんの作品にまだ手をつけていないので、次は皆川さんの推されている『一八八八 切り裂きジャック』、『レオナルドのユダ』に挑戦したいと思います。

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