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柚月裕子『慈雨』あらすじとネタバレ感想!二つの事件にかける刑事たちの執念

harutoautumn
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警察官を定年退職し、妻と共に四国遍路の旅に出た神場。旅先で知った少女誘拐事件は、16年前に自らが捜査にあたった事件に酷似していた。手掛かりのない捜査状況に悩む後輩に協力しながら、神場の胸には過去の事件への悔恨があった。場所を隔て、時を経て、世代をまたぎ、織り成される物語。事件の真相、そして明らかになる事実とは。安易なジャンル分けを許さない、芳醇たる味わいのミステリー。

「BOOK」データベースより

本書を読んで、久しぶりに至極の泥臭さを感じました。

いつまでも消えない後悔とそれを晴らすための覚悟。

とても不器用な生き方ですが、それゆえに誠実さに溢れ、人間として正しい生き方ではないかと強く胸を打たれました。

ミステリ要素は正直おまけくらいに考えておくと、変に期待しすぎずにいいかもしれません。

以下は本書に関する柚月裕子さんへのインタビューです。

『慈雨』(柚月裕子著)は慟哭の長編ミステリ-。著者にインタビュー!

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

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あらすじ

巡礼の旅

神場智則は今年警察官を定年退職し、妻の香代子と共に四国巡礼の旅に出ます。

飼い犬のマーサは娘の幸知に預け、八十八もの寺を巡る二か月以上にも及ぶ長い旅になります。

このお遍路について、目的は中盤まで明かされませんが、十六年前に解決された『純子ちゃん殺害事件』が大きく関係していることが早々に示唆されます。

寺を巡る旅だけ描写すると単調になってしまいますが、目に映るものが鮮やかに描かれ、神場と香代子の何気ないやりとりが単調になることを防いでいます。

また後述しますが、旅の道中、度々警察官時代の後輩・緒方から事件の助言んを求めて電話がかかってきて、それによる神場の心の揺れが細やかに描かれます。

神場は香代子と共に辛い道のりを歩き、温かな人たちの心と触れ合い、自分の過去に決着をつける覚悟を決めます。

酷似した二つの事件

本書は神場のお遍路の視点の他に、緒方の視点からも語られます。

緒方が追いかけるのは、愛里菜(ありな)ちゃんという小学一年生の少女が行方不明になり、後に死体となって発見された事件でした。

現場近くで白い軽ワゴン車が目撃されており、愛里菜ちゃんの陰部には裂傷がありました。

死後、凌辱されたことが判明し、体内から犯人の体液も見つかっています。

捜査が難航する中、緒方は申し訳ないと思いつつも退職した神場に助言を求めて電話をかけます。

緒方にとって、神場は今も尊敬する刑事であり、恋人である幸知の父親でもあります。

神場は緒方が立派な男であることを認める一方で、刑事の妻がどれだけ辛い思いをするのかは自分が一番知っているため、幸知との交際を認められずにいました。

緒方からの報告を受け、神場は真っ先に純子ちゃん殺害事件を思い出します。

二つの事件はあまりに酷似していて、何か関係があるとしか思えません。

神場と緒方は、別々の場所で別々の方向から二つの事件に向き合うこととなります。

覚悟の捜査

神場は緒方からの報告を受けていくうちに、二つの事件が同一犯による可能性があることに気が付きます。

それは、純子ちゃん殺害事件で逮捕した犯人が冤罪だったことを意味します。

神場はずっと冤罪だったのではないかと疑念を抱き、それを言えずにいました。

もし愛里菜ちゃん殺害の犯人を追えば、それは警察の不祥事を暴くことに他なりません。

すでに引退した神場にとっても他人事では済まなく、香代子に多大なる迷惑をかけることになります。

また緒方には恋人の父親を追い込むような捜査を強いることになります。

神場は強い葛藤を抱き、巡礼の旅を続けます。

そして最後に、刑事として一生を全うする覚悟を決め、緒方や同じ後悔を抱える刑事・鷲尾と共に被害者や遺族の無念を晴らすために覚悟の捜査を開始します。

感想

葛藤と執念の物語

本書はミステリというよりも、葛藤と執念の物語ではないかと僕は思いました。

権力の失墜を恐れ再調査を禁じた警察に抗えなかった神場と鷲尾の後悔。

どれだけ被害者と遺族のことを思っても、一向に光の見えてこない捜査に疲弊し、刑事としての意義を見失いかける緒方。

それらの思いが一つの光を掴み、全てを捨ててでも刑事として生きることを決めた三人の執念。

非常に泥臭く、それゆえにまっすぐ届いて心に深く刻み込まれました。

僕は勝手に刑事というと不器用で頑固で正義を信じているというイメージがあったので、本書に登場する三人はまさに刑事そのものです。

飽きさせない巡礼の旅

巡礼の旅は基本的に歩く、お参りする、宿で泊まる。

これくらいしか描写することはありません。

しかし、道中の些細なことで記憶が呼び起こされ、神場は何か月もの旅の中で常に葛藤することになります。

そんな神場に気が付きつつも、あえて口にしない香代子の優しさ。

神場たちのようなお遍路さんを温かく迎えてくれる四国の人たちや、神場のように強い後悔を抱えて巡礼している人たち。

現代文明から離れているせいかどのやりとりも非常に人間らしく、ささくれだった心が癒されるような気がしました。

あと、捜査は緒方に任せきりのように思えますが、巡礼の旅に事件解決のヒントがうまく織り込まれていて、この辺りの構成がうまいなと感心しました。

ミステリとしてはそこそこ

これは批判とは違いますが、ガッチガチのミステリを求めて本書を読むことはおすすめしません。

本書の見どころはあくまで上述した人間の内面に秘められたものであり、事件そのものが主役ではありません。

その点については、あらかじめ理解した上で本書を読むことをおすすめします。

しかし、謎を解くには見方を少し変える必要があり、意外性も含まれていて決して簡単なものではありません。

神場たちをずっと見ていると解決の糸口が見つかった時の興奮はすさまじく、久しぶりにかなり感情移入してしまいました。

おわりに

タイトルにある『慈雨』ですが、本当の意味は登場人物たちと共に葛藤を抱え、覚悟を決めることでようやく分かります。

言葉にしてしまえば簡単ですが、それではこれっぽっちも伝わらないものがありますので、ぜひ本書を読んでその意味を確かめてみてください。

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