『白昼夢の森の少女』あらすじとネタバレ感想!様々なテイストのホラーが楽しめる短編集
異才が10年の間に書き紡いだ、危うい魅力に満ちた10の白昼夢。人間の身体を侵食していく植物が町を覆い尽くしたその先とは(「白昼夢の森の少女」)。巨大な船に乗り込んだ者は、歳をとらず、時空を超えて永遠に旅をするという(「銀の船」)。この作家の想像力に限界は無い。恐怖と歓喜、自由と哀切―小説の魅力が詰まった傑作短編集。
「BOOK」データベースより
ホラー小説の第一線で活躍されている恒川光太郎さん。
本書はそんな彼が約十年間にわたって執筆した短編が十一編も収録されています。
統一したテーマはありませんが、それゆえに本書一冊で様々なテイストを味わうことができて、とにかく大満足の一冊です。
KADOKAWA文芸WEBマガジンに掲載されているレビューが非常に参考になったので、よければご参照ください。
恐怖と寂しさが交じり合う珠玉の短編集 『白昼夢の森の少女』|カドブン
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
古入道きたりて
俺は義兄に釣り場として長門渓谷を紹介され、一人向かいます。
釣果は上々でしたが、突然の雨に見舞われ、近くに見つけた家に逃げ込みます。
そこには老婆が住んでいて、俺は彼女の厚意で家に泊めてもらうことにします。
夜、満月だから山を古入道が歩く、と言う老婆。
俺は老婆の話を聞いても古入道のことがよく分かりませんでしたが、寝静まった頃、その正体を知ることになります。
焼け野原コンティニュー
マダさんは気が付くと、焼け野原を歩いていました。
辺りには瓦礫と死体が転がっていて、何かとてつもないことが起こったことは容易に想像できます。
しかし、マダさんには記憶がありませんでした。
覚えているのは、自分が『マダ』という名であることだけ。
マダさんは焼け野原をどこまで歩き、少しずつ情報を集めてなぜ現在に至ったのかに気が付きます。
白昼夢の森の少女
表題作。
ある日、町中を正体不明の蔦が襲い、多くの人々が捕らえられます。
蔦に捕らえられた人々はお互いに意思疎通をすることができ、蔦を排除して人を助けると、その人は亡くなってしまうことが判明します。
蔦は大きく成長し、この現象は『緑禍』と名付けられます。
やがて一帯はフェンスで封鎖され、出入りが厳しく制限されます。
この短編は、緑禍に巻き込まれた一人の女性にインタビューする、という形式で進みます。
銀の船
私は子どもの頃、世界を巡って時折停泊する、空飛ぶ銀の船の存在を信じていました。
彼女だけの妄想かと思いきや、自立支援プログラムで知り合ったまっさんという少女は銀の船を見たことがあり、一気に信憑性が高まります。
それでも私は銀の船を見ることができず、いつしか考えなくなっていました。
そんな時、私の目の前に銀の船が現れ、乗船するかどうかを迫ってきます。
海辺の別荘で
島の別荘に、シーカヤックに乗った女が訪れます。
彼女は旅をしていて、ここを終点にするのだといいます。
別荘に住む男は女を家に招き、そこで彼女が旅する理由を聞きます。
オレンジボール
ぼくは保健室のベッドで目を覚ますと、オレンジ色の毬になっていました。
何の意思表示もできないまま、第三者によって好きに扱われ、物語はどんどん展開していきます。
傀儡の路地
野津さんは早くに妻を亡くし、六十歳を目前にしても会社を辞めた頃でも一人で生きていました。
経済的に不自由はなく、趣味は健康のための散歩。
そんな野津さんはある日、とある一戸建てで争う声を聞き、家から出てきた若者の後を追います。
若者の住むマンションを突き止めると、野津さんは近くに宿をとります。
その時、テレビから流れるニュースでは、野津さんが見かけた家で死体が発見されたと報道していました。
犯人と思しき人物の特徴も報道されていますが、その特徴は全てなんと野津さんのものでした。
こうして野津さんは犯人を追う側から、追われる側になってしまったのです。
平成最後のおとしあな
私が部屋の隅で蹲っていると、壁の受話器が鳴ります。
電話に出ると相手は『平成のスピリット』を名乗り、もうすぐ平成が終わることにちなみ、平成についての質問を始めます。
面喰いながらも思ったことを答える私。
平成のスピリットは何者なのか。
会話が進むにつれて状況が明らかになり、この短編の意味するところが分かるようになっています。
布団窟
この短編が出された時点で、恒川さんの著作の中で唯一の実話怪談。
私は久しぶりに会った友人から、少年の頃の話を聞きます。
ある朝、親が寝ていると思って羽毛布団の上に乗ったところ、中から何か全く別のものが出てきて消えてしまったのだといいます。
人でも、動物でもない何か。
友人はその当時のことを語ってくれます。
夕闇地蔵
この短編の主人公は、村はずれで捨てられていた少年です。
捨てられていた場所に千体地蔵があったことから、地蔵助と名付けられます。
彼には他の人たちと大きく異なることがあって、それは見えている景色が全く違うということです。
地蔵助には世界が白黒に見えていて、人間は真っ黒で美醜の差が分からないほど曖昧にしか見えません。
目を凝らすとその先にもう一つの層があり、そこで地蔵助はぼんやりとした輪郭の中に生命の炎を見ることができます。
人によって色や燃え方が異なりますが、当然、地蔵助にしか見えません。
この短編では、そんな地蔵助が視点となって物語が進行します。
ある春の目隠し
文庫書き下ろし掌編(短編よりも短い作品のこと)。
若い頃を回想するという形で、物語が展開します。
私は友人のSさんと共通の知人、その彼女と四人で集まって一緒に盃を交わします。
飲み会は楽しく進み、みんなでそのまま雑魚寝します。
なかなか寝付けない私は外に散歩に出ますが、そこで思いもよらない出来事が起こります。
感想
ホラーはこんなにも多彩
本書に収録された作品に共通のテーマはありません。
恒川さんのホラー作品であるという点だけで繋がっていて、あとはテーマも長さもバラバラです。
しかし、それによって僕は恒川さんがどんな角度からもホラーを書くことができて、どれも一級品であることに気が付くことができました。
実話怪談があれば幻想的なものもあり、SFのようなものだってあります。
一口にホラーといってもこんなに多彩で、こんなに魅力的なのかと再発見することができました。
あとがきでは、恒川さん自らがそれぞれの短編の執筆背景など語ってくれているので、事前にそれを読んでから本編を読むのも一つの楽しみ方です。
もちろん一度目はまっさらな状態で読み、あとがきで意図を知ってからもう一度読むのもまた一興です。
僕は後者を実践して、二度おいしい読書となりました。
一冊目としてはオススメしない
これは本書が面白くないというわけではないのですが、恒川さんの作品をまだ読んだことのない人であれば、一冊目として本書はあまりオススメしません。
理由としては、ちゃんとした長編と度肝を抜かれるような衝撃をしっかり味わってもらい、それから恒川さんの創り出す世界観にはまり込んでほしいからです。
本書は恒川さんを好きになるきっかけとして十分ですが、一方で他の作品と比べると短編で衝撃が弱いことは事実です。
本書の帯では「『夜市』の次はこれを読め!」と紹介していて、一つの正解だと思います。
おわりに
インパクトのある表紙に惹かれ、読み始めると作品の持つ魅力に引きずりこまれる。
そんな作品です。
様々な角度から見た恒川作品の魅力が凝縮されているので、ぜひ堪能してください。
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