今回ご紹介する本は、米澤穂信さんの「さよなら妖精」です。
この作品は本来、〈古典部〉シリーズとして「愚者のエンドロール」の次作品として予定されていましたが、レーベルが休止したことで完成原稿が宙に浮いてしまい、そこを東京創元社から別物として発売されることになりました。
そのため、登場人物が古典部員から総入れ替えされていますが、いわれてみると彼らの名残を感じられるから面白いですね。
守屋が折木にちょっと似ていたり、マーヤの口癖の「それに哲学的な意味はありますか?」は、千反田えるの「私気になります!」に並ぶ名フレーズです。
では、まずはあらすじを。
雨宿りをする彼女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。初期の大きな、そして力強い一歩となった、鮮やかなボーイ・ミーツ・ガール・ミステリをふたたび。書き下ろし短編「花冠の日」巻末収録。
「BOOK」データベースより
内容は現在と過去に分かれていて、遠い国からやって来たマーヤがどこの国に帰ったのかを知るために、守屋路行の日記から手掛かりを探すという話です。
普通であれば「どこから来たの?」「日本だよ」のように自己紹介の段階で分かりそうなことですが、マーヤの場合は事情があります。
マーヤの出身であるユーゴスラヴィヤ(本書での書き方)には六つの国がありました。
調べてみると、国名としてユーゴスラビア(一般的な呼び方)を名乗っていたのは1929年から2003年までで、国際的位置から「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と形容されているそうです。
そのため、ユーゴスラヴィヤから来たということは分かるけど、その中のどの国から来たんだ?という問題が発生し、話が進んでいきます。
序盤はマーヤが見つける日常に潜む謎の数々が本当に新鮮で楽しかったです。
おそらく、僕らが住んでいる街にマーヤをつれてきても、彼女は多くの謎を見つけることでしょう。
知っているようで知らないこと。
当たり前のようで、理由を知らないこと。
そんなことをマーヤを通じて一緒に理解していく。
素晴らしい時間でした。
しかし、後半になるにつれ、物語に政治的な要素が強くなり、守屋たちは自分たちの無力さに打ちひしがれます。
気持ちだけならあるつもりなのに、それは平和に慣れきってしまった感覚からくる覚悟であって、マーヤからすればそれは「観光」に過ぎない。
僕は守屋の気持ちでいたので、分かってくれよ、なんてどこまでも自分勝手でした。
平和な国で生まれたら口を挟む権利なんてないのでしょうか?何か実現力を伴わなければ、気持ちだけでは無駄なのでしょうか?
苦しくて、悔しくて仕方ありませんでした。
決して、読後感が良いとはいえません。
澱んだ感情が心にこびりついて、なかなか晴れませんでした。
それでも僕は本書をおすすめします。
成長には痛みも必要で、こういう青春を通して感じてみるのはいかがでしょうか?
ネタバレも考えましたが、守屋がしっかり解答を用意していたので、しっかり本書を頭から順番に読んだ上で、真実を知ってほしいと思います。
それにしても、大刀洗は本当にかわいそうな役回りでしたね。
不器用で、でも本当は優しくて、自分の気持ちを抑えてまでだれかのためになろうとするその性格。
守屋がもっと気づいてあげられれば、こんなことにはならなかったのか。
いや、そんな守屋だからこそ、大刀洗はそこまでできたのか。
答えは出ないんですけど、いつまでも考えてしまうんですよね。
僕は大刀洗がとても好きなんですよ。
でも、大刀洗は別の作品でも登場しているらしいので、文庫本として出たら読んでみたいと思います。
その時には、この気持ちが少しは晴れるのでしょうか?
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