桜庭一樹『荒野』あらすじとネタバレ感想!瑞々しい少女の思春期を描く恋愛以前小説
鎌倉で小説家の父と暮らす少女・荒野。「好き」ってどういうことか、まだよくわからない。でも中学入学の日、電車内で見知らぬ少年に窮地を救われたことをきっかけに、彼女に変化が起き始める。少女から大人へ―荒野の4年間を瑞々しく描き出した、この上なくいとおしい恋愛“以前”小説。全1冊の合本・新装版。
「BOOK」データベースより
養父と娘の歪んだ関係を描いた『私の男』に続いて発表された本書。
ここまで見事に切り替えられるのかというくらい正反対の内容になっていて、『私の男』が負の要素を凝縮した作品だとしたら、本書は真っすぐ伸びやかな正の要素を集めた作品になります。
山野内荒野という少女の十二歳から十六歳という、子どもから大人に向けて最も大きく変化する時期を描いていて、その心の揺れ動きには思春期を通過した人であれば誰でも共感する部分を見つけられるはずです。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
成長の一歩
山野内荒野が中学に進学したところから物語は始まります。
小説家の父親・を持ち、家政婦の奈々子にお世話してもらいながら鎌倉で暮らしています。
中学登校初日、荒野は電車のドアにセーラー服を挟まれてしまいますが、同じ中学の同学年の男の子に助けてもらいます。
のちに彼が同じクラスの神無月悠也だと判明し、荒野は彼に恋かどうかは分かりませんが、特別な感情を抱くようになります。
一方で悠也はそんな荒野を避け、その理由はのちに明らかになります。
再婚
正慶が突然再婚することになりますが、相手はなんと悠也の母親である蓉子でした。
悠也はこのことを知っていたから荒野を避けていたのです。
これによって奈々子は家政婦を解雇され、二家族の同居が始まります。
荒野は急な変化に驚き、なかなか慣れることが出来ませんが、それでも少しずつ蓉子や悠也との関係を深めていきます。
多感な時期の荒野にとって、毎日が新鮮で驚きの連続です。
友人や悠也、蓉子との関係。
父親と愛人関係を結んだ数々の女性との対峙。
いくつもの問題を乗り越え、荒野は自分でも知らないうちに成長し、やがて大人に向かっていきます。
感想
濃密で鮮明な思春期
本書で描くのは一人の少女の十二歳から十六歳までの思春期です。
もっとも多感で、どんなことにも一喜一憂し、自分が大人にあることなど想像すらできない時期。
桜庭さんはそんな思春期を濃密かつ鮮明に描いていて、それはまるで今青春を謳歌しているような臨場感がありました。
ただ描くだけでは、とても単調な五〇〇ページ超えのただの小説です。
しかし、桜庭さんは何気ないシーンにも些細な、けれど少女の等身大の思いを込めていて、大人の自分も荒野を通してもう一度青春を味わい、大人へと少しずつ成長できた気がします。
決して良い家庭環境とはいえませんが、それでも真っすぐ成長する荒野が眩しく、つい応援したくなりました。
トキメキの連続
荒野の目から見る世界は驚きの連続です。
彼女の取り囲む環境は常に変化し、ちょっと目を離しただけで自分だけが取り残されたかのような錯覚がします。
はじめて入る喫茶店やはじめてのマニキュアでドキドキし、頼んでもいないのに出てくるニキビに滅びろと憎しみを込める。
毎日が一喜一憂の連続で、少したりとも心は落ち着いてくれません。
今考えると、思春期は華やかな楽しい時間でもあり、残酷な辛さ、悲しさもあったような気がします。
淡くほろ苦い思い出がよみがえり、荒野の気持ちがとても愛しかったです。
変化の時
そんな日々もいつか終わりがやってきます。
いつか訪れる大人が嫌で、今が永遠に続いてほしいと願う。
そう強く思っても否応なく変化は訪れ、荒野や周囲の人たちは日々変わっていきます。
変化を受けいれ、前に出来なかったことが当たり前のように出来るようになり、それにともなって出来なくなることもある。
それこそが成長であり、僕ら読者は荒野という少女を通して成長の素晴らしさを感じることになります。
ありふれた物語なのに、桜庭さんが描くことによってかけがえのない特別な時間に感じられ、素晴らしい読書時間になりました。
おわりに
これだけ作家としてのキャリアを築いても、なお衰えることのない瑞々しさがあって、二度と出来ないと思っていた青春を体験することが出来ました。
文庫本としてけっこう分厚いので物怖じしてしまう人もいるかもしれませんが、その長さを感じさせないほどドキドキトキメキの連続なので、ぜひ読んでみてください。
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