『天上の葦』あらすじとネタバレ感想!報道の異変、正しい在り方を示したミステリー長編!
興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。渋谷のスクランブル交差点で、空を指さして絶命した老人が最期に見ていたものは何か、それを突き止めれば1000万円の報酬を支払うというのだ。一方、老人が死んだ日、1人の公安警察官が忽然と姿を消す。停職中の刑事・相馬は彼の捜索を非公式に命じられるが―。2つの事件の先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!?サスペンス・ミステリ巨編!
「BOOK」データベースより
失踪した公安警察官を追って、鑓水、修司、相馬の3人が辿り着いたのは瀬戸内海の小島だった。そこでは、渋谷で老人が絶命した瞬間から、思いもよらないかたちで大きな歯車が回り始めていた。誰が敵で誰が味方なのか。あの日、この島で何が起こったのか。穏やかな島の営みの裏に隠された巧妙なトリックを暴いた時、あまりに痛ましい真実の扉が開かれる。すべての思いを引き受け、鑓水たちは巨大な敵に立ち向かう!
「BOOK」データベースより
鑓水、相馬、修司シリーズの第三弾で、今回は事件を追うと同時に鑓水にも焦点が当てられ、彼の過去が明らかになります。
前の話はこちら。
前二作以上に重厚な作風で、上下巻で千ページを超える超長編です。
しかし、太田愛さんの時に軽快に、時に畳み掛けるように、時に訴えかける文章が圧巻で、心配せずともあっという間に読み切ることができました。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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タイトルの意味
内容に入る前に、タイトルの意味について。
下巻最後の解説にて町山智浩さんが言及していますが、上巻冒頭に引用されたウィリアム・ブレイクの『無垢の歌』の序文からきています。
笛吹きの前に、雲の上に浮かぶ天使のような子どもが現れ、笛吹きは言われた通りに羊の歌を吹きます。
すると子どもは喜び、その歌をみんなに読めるように本に書いてほしいと言い残し、消えました。
そこで笛吹きは葦を摘み取り、素朴なペンにしてこの『無垢の歌』を書いたということになっています。
この詩画集にはブレイクが子どもたちの代弁者となり、どんな子どもでも自由に楽しく笑えるようにという願いが込められています。
太田さんもそういった願い、決意を持って本書を書いたのではないか。
そんな風に解釈できました。
あらすじ
謎の行動
物語の発端は、渋谷のスクランブル交差点で起きました。
正光秀雄という九十六歳の男性がスクランブル交差点の真ん中に立って空を指さすと、その場に昏倒して亡くなってしまいます。
死因は心疾患で何の事件性もありませんが、正光が一体何を指さしたのかを巡り論争が起きます。
そして、このことがきっかけとなり鑓水、相馬、修司にまたしても事件がふりかかります。
多額の借金
鑓水と修司は順調に仕事をこなし、興信所も軌道に乗ったように思えました。
しかし、第一弾『犯罪者』で鑓水たちに痛手を負わされた元与党の重鎮・磯辺の指示によって鑓水ははめられ、多額の借金を背負うことになります。
そしてそのタイミングで、磯辺の秘書の服部からの依頼が舞い込みます。
内容は二週間以内に正光が何を指さしたのか突き止めるというもので、報酬は一千万円と破格です。
危ない話であることは確かでしたが、鑓水に選択肢はなく、依頼を引き受けることにしました。
失踪
相馬は停職を喰らっていましたが、署長の指示で本庁の公安の仕事を手伝うことになります。
公安の前島は、失踪した部下・山波の行方を探していました。
しかし、公安内では派閥争いが起きているため、失態をさらすわけにはいきません。
そこで組織から嫌われ、さらに停職中の相馬に調べさせることにしたのです。
相馬は山波のことを調べていく中で、彼が新興宗教団体『ネオ・コモンズ』の事件について調べていたことを知ります。
しかしすでに終結した事件であり、山波が今さらになって調べる意味が分かりませんでした。
重なる二つの調査
相馬は山波の母親が入所する介護施設を訪れ、自分の前に鑓水もここを訪れていたことを知ります。
正光もまた、ここに入所していたのです。
相馬は鑓水と情報交換を行い、正光と山波がどこかで会っていたこと、そしてその出会いがきっかけとなり渋谷での一件になったことを確信します。
正光のことを調べる中で、様々なことが明らかになります。
正光に手紙を送った『白狐』という人物の存在、正光がかつて海軍にいたこと、正光がテレ
ビ局の社長と会っていたことなど。
しかし、情報が集まってもなかなか全体像が見えてきません。
逃走
調べれば調べるほど、調査は複雑になります。
鑓水たちの行動を追う連中が現れ、それが公安であることを鑓水は見抜きます。
前島は都合の良いことを言って相馬に山波を探させていますが、山波が前島にとって不都合なことを知ってしまったからでした。
鑓水たちは依頼を果たし、真実を知るために山波、そして白狐の行方を追いますが、それが目障りになった前島は鑓水たちの逮捕状を請求。
鑓水たちは何とか逃げ切り、山波と白狐がいると思われる曳舟島に向かいました。
そして、そこで正光の過去、そして戦争の残した残酷な現実を知ることになります。
感想
とにかく先が読めない
これまでの二作品もそうですが、本書は特に先が読めませんでした。
正光と山波の接点が見つかっても二人の動機の共通点が見えてこないし、逃げるように曳舟島に向かってようやく真実に辿り着きます。
ここまででもかなりハードな状況が続き、読んでるだけで精神的に疲弊しているのに、その上、本土に戻って『犯罪者』の時と同様、悪事を告発しないといけません。
その方法も最後まで読めず、千ページを超える大作なのに最後までハラハラドキドキしました。
戦争の話題がかなり重たいのはもちろんのこと、主役の三人が今回もかなり危険な橋を渡るので、本当に助かるのかと心臓に悪かったです。
特に鑓水が告発の時に選んだ手法は正気を疑うようなもので、想像するだけで縮み上がる思いでした。
異変を知らせる警告の作品
太田さんは本書を書く理由として、世の中の空気が急に変わったことを挙げています。
メディアの情報が政治によって捻じ曲げられ、それは戦後なかったことで、今書かないと手遅れになるかもしれないと。
最初にインタビューだけ読んでもピンときませんでしたが、本書を最後まで読むと太田さんの警告の意味がよく分かります。
近年ではSNSで誰でも全世界に向けて簡単に情報が発信できるので、情報統制がとれなくなり、問題が表面化しやすくなりましたが、それでも都合の良い情報操作が行われているのは確実です。
これを受けて、何か行動に移すのはかなり難しいことです。
しかし、情報の受け手が与えられた情報を鵜呑みにせず、自分で判断するきっかけになるのではないでしょうか。
闘えるのは火が小さなうちだけ
本書の中で何度も登場し、とても印象に残る言葉です。
今回の事件について、そして戦争にも当てはまることですが、闘って最悪の事態を回避できるのは火が小さいはじめのうちだけで、火が大きくなって広がってからではもう手遅れになります。
正光は戦争でそのことを嫌というほど味わったからこそ、決死の覚悟で今回の行動に出ました。
本書の登場人物たちはこの言葉に勇気をもらい、巨悪ともいえる犯罪に立ち向かいます。
その姿はかっこよく、このシリーズ全体の魅力といえると思います。
おわりに
取り扱うテーマ、膨大なページ数から本書を手にとるのをためらう人がいてもおかしくありません。
前二作を読んで太田さんの作品の魅力を知っている僕でも、本書を買ってから読むまでに少し時間を置いてしまいました。
しかし、それで良かったと読み終わってから思いました。
しっかり心の整理をつけて、落ち着いてから読んだおかげで、本書に詰まった面白さや忘れてはいえない過去、太田さんの伝えたいメッセージを余さず受け取ることができました。
本当に最初から最後まで目が離せない内容なので、ぜひ片手間ではなく、じっくりと読んでほしいと思います。
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