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森見登美彦『熱帯』あらすじとネタバレ感想!幻の本を巡る謎が謎を呼ぶ怪作

沈黙読書会で見かけた『熱帯』は、なんとも奇妙な本だった!謎の解明に勤しむ「学団」に、神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと、「部屋の中の部屋」…。東京の片隅で始まった冒険は京都を駆け抜け、満州の夜を潜り、数多の語り手の魂を乗り継いで、いざ謎の源流へ―! 

「BOOK」データベースより

怪作とも呼ばれる本書。

連載自体は2010年より始まっていましたが、著者である森見登美彦さんが多忙だったことから2011年に持っていた連載をすべて一度停止し、それから修正されたり書き足されたりしてようやく出版されるに至りました。

登場人物に森見さん自身がいて、誰も最後まで読んだことのない佐山尚一の『熱帯』という小説を求めるうちに不思議な物語の世界に迷い込んでいくという内容になっています。

蓋を開けたらまた同じ人形がある、まるでマトリョーシカのような物語で、読み進めることはそう簡単ではありませんが、それでも読み続けてしまう魔力を本書は持っています。

以下は本書に関する森見さんへのインタビューです。

森見登美彦さん『熱帯』小説丸

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

あらすじ

幻の一冊

小説家の森見登美彦は次に何を書いたら良いか分からなくなり、小説を読みふけっていました。

その時に読んでいたのが『千一夜物語』で、森見はそれに関連して佐山尚一の『熱帯』という小説を思い出します。

それは森見が学生時代に古書店で見つけたもので、妙に惹かれるものがあって読み進めていたものの、ある日突然なくなって結末は知りません。

広く流布した小説ではないのか編集者でもその存在を知らず、まさに謎、幻の一冊です。

沈黙読書会

森見は図書館勤務時代の同僚に誘われた読書会に参加します。

とある喫茶店の店主が主宰する読書会で、唯一のルールとして他人の持ち寄った謎を解かないことが挙げられることから沈黙読書会と呼ばれています。

森見が様々な人の話に耳を傾けている中、唐突に『熱帯』を持った女性を見つけます。

女性は白石といい、『熱帯』を最後まで読んだ人は存在しないこと、『熱帯』を追い求める結社があることを教えてくれます。

それから彼女は、自身が体験した『熱帯』にまつわる長い話を始めます。

学団

白石は叔父が経営する鉄道模型店の手伝いをしていて、お客として来る池内と話すようになります。

ある日、白石はとある喫茶店で池内が謎の男女三人と話しているところを目撃し、のちにその会合に招待されます。

池内たちは『熱帯』という小説を探していて、白石もかつて『暴夜書房(アバレヤショボウ)』という屋台の本屋で購入しましたが、冒頭以外はほとんど覚えていませんでした。

池内たちの集まりは学団と呼ばれていて、『熱帯』を追い求めていました。

白石もそこに加わり、合計五人の男女が自分の知っている『熱帯』の内容を出し合うことで全貌を掴もうと悪戦苦闘します。

『熱帯』に執着する様子は異様で、まるで学団の全員が呪いにかけられているようでした。

やがて学団のメンバーがそれぞれ独自の方法で『熱帯』に近づき、白石もまた『熱帯』の世界に取り込まれていきます。

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感想

まさに幻の作品

本書に登場する『熱帯』は実物すら見当たらず、結末も知られていないとまさに幻の作品です。

森見さんの『熱帯』についても連載がストップしたままだとこうして刊行されることはなかったので、そういった意味で通ずるところがあるのかもしれません。

読んでいて思ったのが、圧倒的な没入感です。

小説を読んでいるはずがいつの間にか自分自身が物語の世界に入り込み、そこで作中に出てくる別の作品に潜り込む。

するとそこにはさらに別の作品があって、潜り込むとやがて自分がどこから来たのか分からなくなるような不安があり、現実を侵食する力を感じました。

僕の読解力が追い付かないせいか一度読んだだけでは本書の面白さを十分の一も語ることはできません。

しかし、それでも読んで良かったと思える強烈な感覚があり、これは読んだ人にしか分からないのかもしれません。

あと、本書を読んでいると『千一夜物語』も気になってくるので、そちらに挑戦するのもアリだと思います。

長いのに止められない

本書は五〇〇ページ超えとけっこうなボリュームです。

しかも大きな展開があったりするわけではなく、メリハリに乏しく平坦な道をただ歩き続けるという感覚の読書なので、人によっては読み進めることがしんどいと感じてしまうこともあるかもしれません。

僕も白石さんの語りが始まってからは雲行きが怪しくなってきたのを感じ、池内にバトンタッチすると何が何だか分からないことが増えて嫌になる瞬間もありました。

しかし、不思議なことに途中でやめようとは思わず、何としてでも結末を見届けなければという使命感すらありました。

これこそが佐山尚市の『熱帯』の魔力であり、森見さんの『熱帯』の魔力なのかもしれません。

ある意味、森見節

本書の評価が二分される理由の一つとして、思っていた作品がどうかという点が考えられます。

『夜は短し歩けよ乙女』や『四畳半神話大系』などに代表されるテイスト、いわゆる森見節を期待した人からすれば、本書は期待外れとなってしまうかもしれません。

しかし決して森見さんの作品らしくないかというとそんなことはなく、『夜行』や『きつねのはなし』などに通ずる得体の知れない不思議、恐怖が本書にもあり、それもまた森見節だと僕は考えています。

もし『夜行』などを読んで面白かったという人であればまず間違いないし、逆にそれはダメで愉快で痛快なキャラクターなどを求めているのであれば慎重に検討したほうが良いかもしれません。

おわりに

小説の一つの究極の形を体現したような作品で、この読書体験を味わえる作品はそう多くないと思います。

ほとんど関係ありませんが、なんとなく森博嗣さんの『赤目姫の潮解』が思い出されました。