『ラピスラズリ』あらすじとネタバレ感想!山尾悠子が生み出す幻想的な世界
冬のあいだ眠り続ける宿命を持つ“冬眠者”たち。ある冬の日、一人眠りから覚めてしまった少女が出会ったのは、「定め」を忘れたゴーストで──『閑日』/秋、冬眠者の冬の館の棟開きの日。人形を届けにきた荷運びと使用人、冬眠者、ゴーストが絡み合い、引き起こされた騒動の顛末──『竃の秋』/イメージが紡ぐ、冬眠者と人形と、春の目覚めの物語。不世出の幻想小説家が、20年の沈黙を破り発表した連作長篇小説。
Amazon商品ページより
山尾悠子さんのお名前を本書で知り、いつか絶対に読みたいと思っていました。
そこでようやく手に取れたわけですが、表紙やタイトルが受けた期待を軽々と、はるかに超えた作品でした。
連作長篇ということで、作品ごとに繋がりがあるわけですが、その構成が非常に巧みで、読者は気が付くと作品の世界に迷い込み、その世界を堪能することができます。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
銅版
わたしは列車の到着を待つ時間潰しに、深夜営業の画廊を訪れます。
そこには古めかしい意匠の小説の挿絵として製作されたらしい、三枚組みの銅版画がありました。
タイトルは分かるものの、店主さえも誰の何の小説の挿絵なのか、分からないのだといいます。
銅版画の内容は、冬を眠って過ごす「冬眠者」なるものたちに関してで、次以降の短篇では、その冬眠者について描かれます。
閑日
冬の館には、冬眠者たちと大量の召使いが住んでいて、冬を眠って過ごす冬眠者のお世話を召使いたちがしていました。
ある日、一人の少女が春を待たずに目覚めてしまいます。
彼女はゴーストと出会い、眠くなるまでは起きたままでできる限りのことを知りたい、覚えていたいと願い、ゴーストはそれに協力します。
竈の秋
雨が続き、棟開きの日程が決まらないと、予定が遅れていることに慌たださと苛立ちがうかがえる話です。
秋の地獄の忙しさに加え、何かと不都合やトラブルが起き、全体的に嫌な雰囲気がします。
トビアス
ここで日本の田舎での話が挟まります。
わたしこと「いっちゃん」が視点で物語が進みます。
わたしの親族が多く登場するとともに、彼女たちは皆冬眠者のようで、ここで一気に現実感があるように感じられるのが面白いです。
青金石
西暦一二二六年のイタリア。
ここではフランシスコ会の創設者として知られるカトリック修道士・聖フランチェスコの晩年が描かれます。
ここでは若者が冬眠者になってしまったことが描かれていて、その起源のようなものが一つ示されています。
これまでの秋、冬といった閉ざされた雰囲気から変わり、ここでは春に向かう目覚め、始まりような眩しい様子が描かれ、これまでとは違った雰囲気になっています。
感想
シームレスな作品
本書は幻想小説に分類され、夢か現実か、よく分からない不思議な世界観を持っています。
導入の短篇では現実らしき世界から入り、次の短篇では前の短篇に登場した銅版画の中の世界が描かれたような構成になっています。
するとここで描かれているのは「わたし」が銅版画を見て思ったことなのか、あるいは本当に起きたことなのか。
この時点で解釈の余地が生まれています。
その後も判断がつきにくいことが続き、かといってどちらでも読むことに支障はないため、読者は違和感なく幻想的な世界に導かれていきます。
ページ数としては二〇〇ページに満たないものですが、数日あるいは一週間はじっくり読んでも良いと思えるほど、豪華で充実したものです。
忙しい人も、ぜひじっくり時間をとれるタイミングで、余計な外界の情報を排除して本書の世界にどっぷり浸ってみてください。
冷静なのにエネルギッシュ
本書は幻想小説ということで、非常に冷静です。
生きることも死ぬことも、ただの事実として淡々と描いていて、そこに心情の入り込む余地はないように見えます。
しかし、文庫版のあとがきで山尾さんは執筆当時を振り返り、「心情的に切実なものがあった」とコメントしていて、確かにその視点を持って読んでみると、並々ならぬパワーを感じることとなりました。
実際にない世界を強固なものとして構築し、読者がどう思おうがそれが存在すると、圧倒的な力で主張する。
これこそが本書を幻想小説の中でも存在感があるものとして有名にした所以なのかもしれません。
欲を言えば、もっと多感な時期に読みたかったですが、それでも人生で一番若い日が今なのであれば、このタイミングで出会えたことは本当に幸せでした。
おわりに
凝縮された密度の濃い世界観。
直接的に描いていなくて半分の意味も分かっていない箇所があったとしても、その感覚すら幸せでした。
これは時間を置いて、何度も読み返しそうな予感です。
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