『ジョゼと虎と魚たち』原作小説のあらすじとネタバレ感想!様々な愛が描かれた短編集
足が悪いジョゼは車椅子がないと動けない。ほとんど外出したことのない、市松人形のようなジョゼと、大学を出たばかりの共棲みの管理人、恒夫。どこかあやうくて、不思議にエロティックな男女の関係を描く表題作「ジョゼと虎と魚たち」。他に、仕事をもったオトナの女を主人公にさまざまな愛と別れを描いて、素敵に胸おどる短篇、八篇を収録した珠玉の作品集。
「BOOK」データベースより
僕は本書を2020年の映画アニメ化で知りましたが、2003年には実写映画化されています。
驚くことに僕が生まれる前の1984年に発表されていて、『ジョゼと虎と魚たち』はあくまで短編の一つで、本書には他に八つの短編が収録されています。
アニメ映画が青春という色合いが強いのに対して、本書は表題作含めて妙にエロティックで、男女問わず欲求に忠実で愚かだと分かりながらも欲求に従ってしまう人間らしい一面が描かれています。
ちょっと大人向けですが、田辺聖子さんの言葉選び、豊かな心理描写が色あせない魅力を放っているので、ぜひ表題作含めてじっくり読んでください。
以下は本書のアニメ映画化の際のタムラコータローさんへのインタビューです。
「ジョゼと虎と魚たち」タムラコータロー監督インタビュー「実写の俳優さんを起用したのは生身の人間の持つ生々しさを伝えたかったから」
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
お茶が熱くてのめません
高尾あぐりは脚本家として華々しく活躍していましたが、そんな彼女の元に七年ぶりに元恋人の吉岡が訪ねてきます。
あぐりにとって吉岡は今でも忘れられない人で、彼に会えることを密かに期待していまいた。
ところが、吉岡は七年経ってかつての面影を失い、あぐりの求める吉岡はどこにもいませんでした。
吉岡が親から譲り受けた会社を二年で倒産させた話を始めた段階で嫌な予感が走りますが、あぐりはただ話を聞きます。
目の前にいる吉岡と、あぐりの思い出の中にいる吉岡のギャップに心が痛む話です。
うすうす知ってた
梢はいつか結婚できる日を夢見ながら時間だけが過ぎ、気が付くと二十八歳になっていました。
そんな彼女ですが、一月前に妹の碧が結婚すると言い出したことによって混乱していました。
仕事一筋だと思っていた碧の思わぬ結婚報告。
自分も結婚したいと思いつつも焦りはなく、妄想の世界と現実をいったりきたり。
ありとあらゆる正負の感情が入り混じり、不思議な心理模様が描かれています。
恋の棺
二十九歳の宇禰(うね)は、姉の息子である十九歳の有二が可愛くて仕方ありませんでした。
離婚した夫からは二重人格だといわれる宇禰は、有二を歓迎したいという気持ちと冷たく拒絶したいという気持ちの両方で接し、初々しい反応を楽しんでいます。
宇禰は九月に休みをとり、一人で山頂のホテルでゆっくりするのが恒例になっていましたが、二日目に有二が現れていつもとは違った休みになります。
若い男の子をもてあそぶ宇禰はいかにも大人の女性で、一筋縄ではいかない複雑な女心が美しくも怖くあります。
それだけのこと
香織は六歳下の堀が好きです。
どこかどう好きかと言われると答えられませんが、それでも堀のことが好きで、仕事で忙しい夫の目を盗んでは彼と会うのが密かな楽しみでした。
香織はチキという小豚の指人形を持っていて、一人の時は声音を変えてチキが話しているように振舞い、秘めたる思いを確認しています。
堀もまたチキが気に入っていて、香織がいる前でもチキを通して自分の思いを口にし、二人は平気で不倫の関係を楽しむことが出来ます。
チキを通じて分かる二人の本音は無邪気で、不倫の匂いがしないところが面白いエピソードです。
荷造りはもうすませて
えり子は秀夫の現妻で、子どもがいなくとも今の生活に満足していました。
しかし不満もあり、それが天王寺の家に住む秀夫の義母、前妻の京子、三人の子どもの存在でした。
秀夫は天王寺の家の養子で、京子と結婚して彼女をそこに迎え入れますが、離婚していました。
子どもは義母に任せ、秀夫はえり子と豊中のアパートで暮らすことで落ち着いていましたが、半年前から京子が天王寺に戻ってきたことで雲行きが怪しくなります。
再婚というわけではないのに、秀夫は定期的に天王寺を訪れ、えり子はまるで愛人のような感覚に陥らないといけない。
このなんともいえない立場でやり場のないえり子の気持ちが描かれています。
いけどられて
梨枝と稔は離婚し、稔はもうすぐ岡山に旅立つ。
そんな場面を描いた作品です。
離婚の理由は稔の不倫で、相手は妊娠していて離婚しないと死ぬと言い出しているとのこと。
利枝はあまりのことに怒りを通り越し、さっぱりしていますが、逆に稔は未練がある様子でなかなか旅立ちません。
離婚というゴールが見えているのに、どこか清々した様子の利枝と、これから家庭にいけどられる稔が描かれています。
ジョゼと虎と魚たち
表題作。
ジョゼは子どもの頃に脳性麻痺と診断され、下肢に麻痺を負っていました。
ジョゼには山村クミ子という名前がありますが、とあるフランスの女流作家が自分の作品のヒロインにジョゼとよく名付けるところに心惹かれ、自らもジョゼと名乗るようになります。
ある日、ジョゼの乗った車椅子が誰かに押され、危うく大事故になっていましたが、そこを大学生の恒夫という青年に助けられます。
以来、恒夫はジョゼと彼女の祖母が暮らす家に出入りするようになります。
ジョゼは夢をさも現実かのように語り、高飛車でいつも恒夫にいばりちらしますが、それが甘えであることは恒夫にも分かっていました。
恒夫が忙しくてジョゼの家から遠のいていると、祖母は亡くなっていて、ジョゼは一人で寂しい思いをしていました。
その時の再会を皮切りに二人の関係に変化が訪れ、その後の二人の様子が描かれます。
男たちはマフィンが嫌い
ミミは交際相手で服飾会社の社長である連に呼ばれて彼の別荘に来ましたが、肝心の連は仕事が忙しいからといってなかなか来ません。
連は恋人を待たせていることがエネルギーになって仕事に精が出るタイプだと分かっているので半ば諦めていますが、それでも放っておかれていい気分はしません。
ある夜、別荘の近くを暴走族が騒いでいて、怖かったことを連に報告するミミ。
それでも連は行くとはいいませんが、代わりに甥の志門をよこします。
志門はミミの気持ちが連に向いていることを承知で彼女のことが好きで、ミミも満更ではありません。
やがて二人は連の思惑通りにいくのが嫌で行動に出ます。
雪の降るまで
以和子は四十六歳でしたがいつまでも男を楽しみたいと思っていて、今は大庭という男と一年付き合っていました。
モテる容姿ではありませんが、煮詰めた濃いエロさを持っていて、大庭とは波長が合っていました。
いつでも初めてのような恥ずかしさがあり、いつが最後になってしまってもいいようにありったけの楽しさをむさぼる。
そんな男女の姿が描かれています。
感想
タイプの違う恋愛模様
本書は年齢や立場がバラバラな男女が登場しますが、どの話も共通して恋愛が絡んできます。
しかもどの恋愛も癖が強めで、不倫を楽しんで何が悪い、というくらいの開き直りがあります。
普通であれば嫌らしい、汚らしいと感じることもあるかもしれませんが、本書ではどの人物も関西弁を話していて、とんでもないことでも大したことのないように聞こえてしまうのが不思議です。
『ジョゼと虎と魚たち』は表題作だけあって読みやすいですが、個人的には『恋の棺』がお気に入りです。
僕は宇禰より年上ですが、彼女を前にしたら有二同様、遊ばれてしまうんだろうなと思いながら読んでいました。
人間の奥深さ
年々多様性が認められ、『普通の幸せ』というものが曖昧になってきていますが、本書を読むと幸せなんて人それぞれだなとしみじみ思いました。
結婚していても満たされない人もいるし、子どもがいなくても、あるいは結婚していない、もしくは結婚できなくてもその関係に満足できる人はいるわけで、人間の奥深さというものを堪能できました。
周囲に惑わされずに自分の幸せの在り方を見つけ、その欲望に忠実になれるか。
それこそが幸せになれる唯一の方法かなと思います。
表題作が読みやすい
本書を読むきっかけになった『ジョゼと虎と魚たち』ですが、第一に本書収録の短編の中でもかなり読みやすいです。
そして、非常に真っ当な恋愛です。
ジョゼの癖が強く、ただのワガママな女だとしか思えない人にとってはいちいち腹が立つかもしれませんが、その態度一つ一つの裏に彼女の甘えがあり、そこが可愛らしいと僕は思いました。
あとよくこのボリュームの話をアニメ映画にしたなと感心しました。
正直、アニメ映画と原作は別物と捉えて良いと思います。
アニメ映画が面白かったから原作も面白い、とは限りませんが、表題作含めてどの短編も田辺さんの言葉選びが光っていて、様々なタイプの恋愛が楽しめるのでオススメです。
おわりに
フィクションでしかあり得ないシチュエーションに込められた、リアリティのある恋愛観。
綺麗で甘いだけではありませんが、分かっていても止められない、抗えない魅力が秘められていますので、ぜひじっくり噛み締めながら読んでほしいと思います。
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