『チョウセンアサガオの咲く夏』あらすじとネタバレ感想!柚月裕子初となるオムニバス短編集
デビューから15年、初のオムニバス短編集
Amazon商品ページより
米崎地検の検事・佐方貞人の事務官をつとめる増田陽二。高校時代の柔道部の恩師の告別式で、旧友の伊達と再会した増田は、同じく同級生の木戸とその夜旧交を温める。増田にとって、伊達は柔道をやめずに済んだ恩人であり、ヒーローだった。だが、大阪で警察官になったという伊達には、ある秘密があった……。(「ヒーロー」)
〈佐方貞人〉シリーズスピンオフ作品をはじめ多ジャンル作を集めた、著者初のオムニバス短編集。
柚月裕子として初となるオムニバス短編集の本書。
全十一編から構成されていて、ほとんどが初期作品です。
あまり柚月さんに短編のイメージがありませんでしたが、本書で彼女の新たな魅力・切り口を知ることができました。
以下は、本書に関する柚月さんへのインタビューです。
いろんな話が入った福袋みたいに楽しんでほしい。新作短編集『チョウセンアサガオの咲く夏』発売記念!柚月裕子インタビュー
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
チョウセンアサガオの咲く夏
三津子は故郷を出て、街で働いていましたが、母親に介護の必要性が出て、急遽故郷に戻ることになります。
介護は大変で、そんな中で三津子の楽しみは園芸だけでした。
はたから見れば苦労ばかりで楽しい日々には見えませんでしたが、日常には思わぬ裏がありました。
泣き虫の鈴
大正時代の話。
八彦の実家は農家ですが小作人で土地は持っておらず、家族が食べていくことすら満足にいかないほど貧困に苦しんでいました。
そこで八彦は家族のために奉公に出ることになり、そこで蚕を育てることになります。
サクラ・サクラ
浩之はパラオ共和国にあるペリリュー島に旅行で訪れていました。
現地の老人が日本語で『さくら・さくら』を歌っているところを聴いて、話しかけます。
老人はこの島で戦争中にあったことを話し始めますが、それは浩之が予想していなかったことでした。
お薬増やしておきますね
東陽大学付属病院の精神科。
ここに柴田薫という患者が通っていて、彼女は自分が医師であると思い込んでいました。
それに合わせて問診をしないと大変なことになり、医師も看護師も注意する必要があります。
ここでは医師である杉山鈴子と薫のやりとりが描かれます。
初孫
畑中啓一は高校時代からの親友で遺伝子の研究をしている藤堂に、あるものを渡します。
それは人間の口腔内細胞で、藤堂は政治家か何か著名人のものと思っていますが。啓一はそれに答えません。
遺伝子は二つあり、一つは啓一のもの、もう一つは息子の悠真のものです。
啓一にはある懸念があって、それが詳細とともに描かれます。
原稿取り
編集者の甲野修平は、作家である高林光一郎から最終回の原稿をもらって、それを持ち帰るところでした。
原稿は高林が心血注いだものであり、なくすことなど許されません。
ところが甲野は、帰りの電車でとんでもない目にあいます。
愛しのルナ
私は猫のルナと半年前に出会い、以来ずっと可愛がっていました。
ルナを撮影した動画をインターネットに投稿すると大きな反響を呼び、私はどんどんのめり込んでいきます。
さらに視聴者に喜んでもらおうと私は意気込みますが、それが思いもよらない方向に動いてしまいます。
泣く猫
真紀の母親・紀代子が亡くなり、十七年ぶりに家に戻ります。
母親の死に何の感慨もない真紀ですが、弔問客として訪れたサオリという女性から母親のことを聞き、それまでの認識が揺らぐことになります。
影にそう
チヨはほとんど目が見えず、瞽女として生きる道を歩んでいました。
今回は親方のハツ、手引きのコトエと共にはじめての旅に出ますが、途中で置き去りにされてしまいます。
チヨはハツたちのことが信じられないようになってしまいますが、そこにはちゃんとした事情がありました。
黙れおそ松
松野家の6つ子について描かれます。
冒頭は夏目漱石の『吾輩は猫である』のような始まり方で、次第におそ松さんと柚月さんの魅力が融合した物語が描かれます。
ヒーロー
佐方貞人シリーズに関連した作品。
佐方の事務官を務める増田は、高校時代の恩師の告別式に参加し、そこで同じ部活動に所属していた伊達とマネージャーの木戸に再会します。
三人は一緒に飲むことにしますが、増田は伊達の様子がおかしいことに気が付き、たまらず事情を聞きます。
するとそれまでのイメージと全く違った伊達の姿がありました。
感想
バラエティ豊か
短編集といっても、テーマがあったりシリーズものだったり、色々な切り口があります。
その点において本書は一貫性がなく、これまで柚月さんが手掛けてきた作品を詰め込んだものになります。
そのため人情味あふれるものがあれば、ミステリやホラーとして捉えることができるもの、あるいはおそ松さんの二次創作など、とにかく彩り鮮やかです。
長編の時の柚月さんとはまた違った一面が知れるという点で、本書は新たな気づきを与えてくれました。
あまり短編向きではない?
僕は短編において重要なことは、テーマとちょっとの意外性だと思っています。
テーマで引きつけ、そこに読者が想像していなかった意外性を盛り込むことで、短いながら読み応えあるいは満足度が生まれる、というのが個人的な考えです。
その点において、柚月さんは前者のテーマは良かったのですが、後者の意外性はあまり感じられませんでした。
それは一編目である『チョウセンアサガオの咲く夏』に現れていて、そうしか着地できないであろうポイントに吸い込まれるように着地したので、これで終わり?と拍子抜け感がすごかったです。
『初孫』や『愛しのルナ』も同じ印象で、あまりにストレート過ぎました。
長編であれば正統派でも、背景や心理描写を深めることで違った面白さが生まれるので、柚月さんは完全にこちら向きかなと感じました。
もちろん面白いものもあって、『泣き虫のスズ』や『お薬増やしておきますね』なんかは気に入っていて、例えオチが分かっていてもそれを凌駕する満足感がありました。
一編は満足いくものがあるものの、全体として見るとバラつきがあるかな、というのが正直なところです。
おわりに
柚月さんの新たな魅力が見えてくる一冊でした。
物足りなさを感じる人もいると思いますが、そこは一旦長編とは違った楽しみ方に切り替えるとうまくはまるかもしれません。
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