『日本SFの臨界点[怪奇篇]ちまみれ家族』あらすじとネタバレ感想!相性抜群のジャンルが合わさった最高アンソロジー
「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」と称された伴名練が、全身全霊で贈る傑作アンソロジー。日常的に血まみれになってしまう奇妙な家族のドタバタを描いた津原泰水の表題作、中島らもの怪物的なロックノベル「DECO‐CHIN」、幻の第一世代SF作家・光波耀子の「黄金珊瑚」など、幻想・怪奇テーマの隠れた名作11本を精選。全作解題のほか、日本SF短篇史60年を現代の読者へと再接続する渾身の編者解説1万字超を併録。
「BOOK」データベースより
SF+怪奇(ホラー)に該当する作品が集められた本書。
とにかくこの二つの要素は相性が抜群で、しかも著者によって様々な切り口で執筆されているので、一冊でかなりの満足感を得ることができます。
また三作を除いて個人短篇集未収録の作品ということで、普段なかなか読めない作品を読むことができます。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
DECO-CHIN
雑誌編集者である松本は取材でライブハウスを訪れます。
目的のバンドにがっかりし帰ろうとしますが、そこで支配人よりもう一組バンドが残っていることが告げられます。
そのバンドはザ・コレクテッド・フリークスという名前で、ボーカルの双頭の女性をはじめとして、メンバー全員が奇形人で構成されていました。
しかし、インパクトがあるのは見た目だけではありません。
彼らの演奏は観客全員の心を打ち抜くほど圧倒的で、ライブ終了後、松本は彼らにコンタクトをとります。
怪奇フラクタル男
数学者の板倉はかつての教え子・北雲に力を貸してほしいといわれ、彼の自宅に招かれます。
北雲の父親はヤクザの組長で、数学者の力を借りることなどないはず。
板倉が緊張しながら訪問すると、そこに待っていたのは奇妙な姿をした北雲の父・源造でした。
源造の体の様々な場所からサンゴのようなものが生えていて、それは源造の姿をそのままに小さくした形をしていました。
それは自己相似性を持つ図形・フラクタルで、板倉はこの問題に立ち向かうことになります。
大阪ヌル計画
大阪に人があふれかえり、道を譲らずにぶつかってあちことで殺し合いが起こっていました。
そんな中、神戸から持ち込まれた『ヌル』と呼ばれる物質がこの問題を解消します。
その名前の通り、ヌルヌルしていて、空気中では摩擦係数がほとんどゼロに近いという特性を備えていました。
それによって、片方がヌルを表面に塗った服を着ていれば、ぶつかってもケンカになることはありません。
しかし、問題はなくなりませんでした。
殺し合いがなくなったことで人口はさらに増え続け、加えてヌルがとある事態を生み出します。
ぎゅうぎゅう
人々がすし詰め状態になるほど密集した世界観を描いた作品。
横になるスペースすらなく、座ることさえ一苦労です。
食べ物はどこからか人の上を伝わって届き、人がなくなれば胴上げのように人の波を渡ってどこかに送られます。
ミルという少年はいつも一緒にいるマミと結婚することを夢見ていましたが、ある日、マミが草さそりに刺されて亡くなってしまいます。
ミルは悲しみに暮れ、別の女性と結婚します。
ところが七年後、マミが生きているという話が耳に入り、ミルは彼女を探す旅に出ます。
地球に磔にされた男
柳廉太郎は父の友人である実相寺晴夫の自宅を訪れます。
実相寺は家の中で倒れた冷蔵庫の下敷きになり、亡くなっていました。
常に廉太郎のことを気にかけていた実相寺は彼に遺産として様々な研究機材や私物を遺していて、廉太郎は金目のものがないか物色します。
実相寺のコンピューターには時間跳躍実験に関するテキストが残されていますが、廉太郎にはよく分かりません。
それから廉太郎は蔵にあった懐中時計を見つけ、側面の突起を押します。
一見、何も変化が起きないように見えましたが、実はこれが時間跳躍の始まりでした。
黄金珊瑚
私は十年前を振り返ります。
当時、治安維持局に勤めていた私は、高校の教師であるイムラから不思議な話を聞きます。
イムラは同僚の化学教師・マキダに用があって実験室に行くと、そこでマキダにケミカルガーデンを見せられます。
ケミカルガーデンとは水ガラスの中に金属塩の結晶を入れておくと成長するというもので、見せてもらったそれは金色に輝き、太い幹からは小さな小枝をたくさん生やしていました。
やがてそれはさらに成長し、まるで黄金の珊瑚でした。
イムラはもっとよく見ようと近づくと、何かが水槽から飛び出して彼のかぶったヘルメットに落ちます。
するとイムラに何者とも知れない声が聞こえるようになり、やがてこの黄金珊瑚の恐ろしさが判明します。
ちまみれ家族
流血、血まみれが当たり前の一家を描いた作品。
高血圧の家系で、ちょっとした傷でも大出血になり、家のあちこちに血痕がある。
興奮すると鼻血が出てしまうため、年中黒い服しか着られない。
再生能力が高く、女性だと常に初体験と同様で、毎回大出血。
SFかどうかは議論が起きそうですが、とにかくギャグに振り切っていて、頭を空っぽにして読むのに最適です。
笑う宇宙
僕は両親、妹と共に宇宙船という閉鎖空間で生活しています。
登場人物たちの言い分は食い違ってばかりで、はじめは状況がつかめないようにできています。
僕は他の三人と血が繋がっていないと思っていて、ティムという惑星に向かっていると信じている。
一方で妹は重力があることからここが地球であると主張する。
両親にも違った考えがあり、読者は散りばめられた会話をヒントに少しずつ状況を把握していくことになります。
A Boy Meets A Girl
主人公の少年は人間ではなく、翼を持った別の生物です。
彼は恒星風を受けて星から星へと渡り、匂いを頼りに同胞を探していました。
ある時、少年は同胞と思われる少女を見つけてコンタクトを試みます。
惑星に下りれば重力場に捉われてしまうため、距離を隔てて両者は会話をします。
少女は果たして同胞なのか。
少年が期待する中、少女は静かにこれまでの歴史を語ります。
貂の女伯爵、万年城を攻略す
人間が奴隷として働かされ、知性を持った獣人が主導権を握る世界。
長い間にわたって攻城戦が繰り広げられる中、奴隷のぼくは誰にもいえない使命を秘めていました。
雪女
旧陸軍図書館の書庫から出てきた資料の中で、『体質性低体温症』という珍しい症例が報告されていて、当時の状況について軍医だった柚木のカルテ、日誌、彼のサポートをしていた看護師の証言をもとに再現されていきます。
当時、昏睡状態の女性が発見されて柚木が診察したところ、女性は体温、脈、呼吸数ともに健常人に比べて明らかに低いにも関わらず、状態は安定していました。
記憶喪失であることから女性はユキと名付けられ、経過観察が続きます。
柚木ははじめ軍の研究の一環としてユキを調べますが、やがて個人的な興味からのめりこみ、やがてこの体質性低体温症にまつわる様々なことが明らかになります。
感想
SFの固定概念を覆す名作選
本書にはSFかつ広義の怪奇(ホラー)というテーマに該当する作品が多数収録されていますが、はっきりいって統一感はありません。
どれもかなり尖っていて、SFというジャンルで括るには無理があると感じるほどバラエティに富んでいます。
またそこにホラーという要素が合わさることで、バリエーションはさらに幅を広げます。
おそらく全作好きという人はまれで、多くの人は収録された短編によって好みが分かれるでしょう。
でも、それこそがアンソロジーの醍醐味であり、新たな出会いのきっかけになりえます。
僕は『DECO-CHIN』、『黄金珊瑚』、『ちまみれ家族』、『笑う宇宙』、『A Boy Meets A Girl』、『雪女』あたりがお気に入りで、その著者の別の作品に当たる予定です。
書評ブロガー必読
本書には収録された短編のほかに、編者である伴名練さんによる著者、作品の紹介が掲載されています。
この紹介が実に熱がこもっていて、本を紹介する側の人間であれば必読です。
どんな熱量があれば読者は動くのか。
どれだけ真摯に著者、作品に向き合えるのか。
その一つの答えがここにあります。
収録された作品自体が面白いことは大前提にあるとして、そこに編者である伴名の思いが合わさることで本書はより一層格別なアンソロジーに変わります。
一気読みはしんどい
あえてマイナスポイントを挙げると、一日で読破するのが少々しんどいところです。
じっくり何日にも分けて読む人にとっては何のマイナスもありませんが、一応記載しておきます。
理由はいくつかありますが、一つは短編によって設定があまりにも違うことです。
SFといっても未来的なものもあれば、僕らの常識が通じない世界観を描いているものもあり、一つ読み終わって次の短編が始まると頭のモードをがらりと変える必要があります。
一つの短編を読み終えた頃にやっとエンジンがかかってくるので、そこでブレーキを掛けられ、またアクセルをゆっくり踏み出す感覚に似ています。
この工程を何度も繰り返すとストレスになるので、可能であればせめて数日に分けて読むことをオススメします。
それに一気読みしてしまうにはもったいないほど良作が揃っているので、じっくり楽しんでもらえればと思います。
おわりに
編者によってアンソロジーの出来は左右されますが、本書はとにかく最高のSFアンソロジーでした。
SFに興味があるけれど何から読み始めたら良いか分からない。
そんな人にとっての一冊目としてもぜひオススメです。
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