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芥川龍之介『蜘蛛の糸』あらすじとネタバレ感想!教科書にも掲載される名作

大正期に活躍した「新思潮派」の作家、芥川竜之介の代表的な短編小説。初出は「赤い鳥」[鈴木三重吉主宰、1918(大正7)年]。短編集「傀儡師」[新潮社、1919(大正8)年]に収録。全3章。地獄に堕ちた男が以前蜘蛛を助けたことでお釈迦様が救済の蜘蛛の糸を男に垂らす。「赤い鳥」掲載時は鈴木の添削によるもので、全集収録時は添削前の原稿が収録された。現在も評価の高い作品。

Amazon商品ページより

芥川龍之介の作品の中でも特に有名な作品で、国語の教科書に載っていることなどから話を知っている人も多いのではないでしょうか。

かなり短い作品で五分程度で読めてしまうので、とにかく手軽です。

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。

あらすじ

ある日、お釈迦様が極楽の蓮池のふちを歩いていました。

その下は地獄の底に当たり、そこから三途の川や針の山が見えます。

そこでお釈迦様の目についたのが犍陀多(かんだた)という男でした。

彼は人を殺したり家に火をつけたりした大泥棒でしたが、たった一つだけ良いことをしたことがありました。

それは、深い林の中にいた小さな蜘蛛を殺さずに見逃したことです。

お釈迦様はそのことを覚えていて、犍陀多を地獄から救い出してやろうと考えました。

そこで近くにあった極楽の蜘蛛の糸をとり、遥か下にある地獄の底へ垂らします。

一方、蜘蛛の糸に気が付いた犍陀多は喜んでそれを掴み、どんどん上ります

この調子で昇れば地獄から抜け出せると喜ぶ犍陀多ですが、下を見て驚きます。

無数の罪人たちもまた蜘蛛の糸を上ってきたのです。

その数は何百、何千とも分からず、このままでは蜘蛛の糸が切れて自分も地獄に落ちてしまいます。

犍陀多は、蜘蛛の糸は自分のものだと喚きますが、その瞬間、蜘蛛の糸が切れてしまいます。

こうして犍陀多は他の罪人たちと一緒に地獄に落ちてしまうのでした。

お釈迦様はこれを悲しく思います。

自分だけが助かろうとする無慈悲な心の罰として元の地獄に落ちてしまったことが、浅ましく思えたからでした。

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感想

児童向けの童話として執筆されたと知って、納得しました。

話は非常に分かりやすいし、この話には教訓のようなものが含まれています。

それは、誰かのために何かをしてあげればその善行は自分に返ってくるし、自分のことだけを考えて行動すると今度は痛い目に遭うということです。

因果応報という言葉がぴったりくるでしょうか。

これこそが人間の悲しい性であり、お釈迦様がその様子を見て悲しむという流れです。

しかし、他にも注目する点があって、それは最初と最後に描かれた蓮です。

蓮は犍陀多が落ちても少しも頓着することなく、ゆらゆら萼(うてな)を動かして何ともいえない良い匂いを放っています。

人間の浅ましさを見せる犍陀多と、それを悲しむお釈迦様。

それに頓着しない蓮はより高い所から物事を捉えているという考え方ができ、それも本書におけるテーマの一つのような気がします。

善悪が関係ない、ただ純粋な存在や美しさ。

そんなことも読み取ると、本書の見方が変わるかもしれません。

おわりに

芥川龍之介の作品はとにかく読みやすく、本書はそれが特に顕著です。

それでいて見方によって違った楽しみ方が出来るので、教科書に掲載されるのも納得です。

正直、あらすじを読むのと本文を読むので時間はほとんど変わりませんので、出来れ原作を読むのをオススメします。

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