小説

『鍵のない夢を見る』あらすじとネタバレ感想!新たな境地に辿り着いた直木賞受賞作

望むことは、罪ですか?彼氏が欲しい、結婚したい、ママになりたい、普通に幸せになりたい。そんな願いが転落を呼び込む。ささやかな夢を叶える鍵を求めて5人の女は岐路に立たされる。待望の最新短篇集。

「BOOK」データベースより

直木三十五賞(いわゆる直木賞)受賞作で、山梨県で同賞を受賞したのは林真理子さん以来二十六年ぶりになります。

これまでの作品と違い、本書では辻村さんからは遠い五人の女性が主人公となり、それゆえに今まで共感を得られなかった年代や性質の方々にも届くようになりました。

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

あらすじ

仁志野町の泥棒

ミチルは母に誘われたバスツアーでかつての同級生・律子の姿を見かけます。

結婚したのか苗字を変え、バスガイドとして堂々としていました。

ミチルは律子が大人になったことを感じ、律子と過ごした小学生時代を思い出します。

各地を転々とする律子の家族。

田舎町に知れ渡るよくない噂。

ミチルは律子を信じようとしますが、そのかすかな希望はあっけなく打ち砕かれます。

石蕗南地区の放火

笙子は三十六歳の独身。

出会いのない田舎町で、笙子に好意を示してくれるのは合コンで知り合った冴えない中年・大林だけ。

魅力を感じないのに、しつこくアプローチをかけられることに優越感を抱いていました。

そんな時、消防団の詰め所が放火されます。

放火犯はあっさりと逮捕されますが、見どころはその動機にあります。

笙子はその動機に幻想を抱いてしまうのでした。

美弥谷団地の逃亡者

美衣は恋人の陽次と千葉の海に来ていました。

陽次は美衣より自分が優位に立たないと気が済まない性分で、お世辞にもいい彼氏とはいえませんでした。

これだけ見ればろくでもない彼氏と縁を切れない女性というよくある話ですが、過去のエピソードが明かされてくるにつれて物語は様相をがらりと変えます。

伏線が分かりやすく張られていますが、それが回収された時の衝撃は分かっていてもドキッとさせられます。

芹葉大学の夢と殺人

高校の美術教師・未玖が転落死。

警察は元交際相手の雄大を指名手配します。

彼には二人が所属していた大学のゼミの教授・坂下の殺人容疑もかけられていました。

この話では未玖と雄大の過去が描かれ、どのように冒頭に繋がるのかが描かれます。

何度も正気に戻るタイミングがあったのに、後ろ髪を引かれるように雄大に可能性を見出したい未玖。

個人的には一番読み進めるのが辛く、でも引き込まれてしまう話でした。

君本家の誘拐

育児に疲れた若い母親・良枝。

ショッピングモールでふと気が付くと、娘の咲良がいなくなっていることに気が付き慌てます。

ショッピングモール側は誘拐の可能性もあるとして捜索を開始。

良枝は取り返しのつかないことをしてしまったと後悔しますが、過去を振り返る中で物語は大きく変化していきます。

辻村さんが母親になったからこそ描けた作品で、現在進行形で事件が起きているような緊迫感が印象的でした。

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感想

深く掘り下げられた心理描写

辻村さんといえば、登場人物のキャラクターや背景がしっかりと練り込まれていて、それにともなうエピソードなどが具体的で共感できるものが多くありました。

それは本書でもしっかり活かされ、さらに深さを増しています。

文庫版の巻末の林真理子さんと辻村さんの対談にもありましたが、結婚・出産を経て視野が広がったこと、今までと違う層の読者を意識してこれまでにない抽斗を開けたことが影響しています。

文章は巧みな小説家さんと比べると劣る面もありますが、それを補って余りある深さと情熱が本書にはあり、これからも末永くお付き合いしたい小説家さんだと改めて思いました。

実際にいそうな人たち

主人公となる五人の女性は年齢、立場などバラバラですが、共通して実際にいてもおかしくないほどのリアリティを持って描かれています。

自分の置かれた立場に満足しておらず、自分よりも下の人を見つけては自分が優位であることを確かめ、でも本当は優位になどなっていなかった。

いけない状況に置かれていることは分かっていて、抜け出さないといけないのにちょっと引っ張られただけで元の場所に戻ってしまう。

それは些細な、けれど確かな岐路で、選択を変えていれば彼女たちにも違った未来が待っていたのかもしれません。

僕も人生を振り返るとそんな瞬間がたくさんあり、何十年前のことでもあの時こうしていたら、なんて思うことがあります。

それで僕の人生が何か変わるとは思えませんが、そういうことほどよく覚えているのが不思議で、その感覚が本書で描かれたことで自分を理解してもらった気がしました。

読者と真摯に向き合い、寄り添う辻村さんらしさがここにでも出ていました。

転換点

本書は辻村さんの転換点の一つといってもいいと思います。

それまでは主人公が少年・少女が多く、辻村さんの代弁者としてメッセージを発していましたが、本書以降、徐々に違った立場の主人公も描かれるようになりました。

またジャンルも青春やミステリにとらわれず多彩になり、これまで辻村さんの作品に馴染みのなかった人にも届く機会ができ、知名度がさらに上がった気がします。

従来のファンの中にはこの転換に寂しさを感じている人もいると思いますが、決して今までの魅力が薄れてしまったわけではありません。

書きたい時に書きたいものを書ける器の広さを獲得しただけで、そこから生まれた新たな代表作が『かがみの弧城』です。

視野が広がっても今までの情熱がなくなっていないことを確認できる名作で、本書が良い転換点になったのではと思います。

僕はわりと小説の好き嫌いをしてしまうのですが、辻村さんの作品であれば彼女を信じて読むことが出来るので、これを機会に自分の視野を広げたいと思えるきっかけになりました。

おわりに

短編集ですがどれも強烈で、こびりつくような印象が残りました。

主人公たちは夢を叶える鍵を見つけられたのか。

ぜひ本書を読んで確かめてください。

辻村深月さんのランキングを作りました。