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湊かなえ『Nのために』徹底ネタバレ解説!あらすじから結末まで!

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超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、そこに住む野口夫妻の変死体が発見された。現場に居合わせたのは、20代の4人の男女。それぞれの証言は驚くべき真実を明らかにしていく。なぜ夫妻は死んだのか?それぞれが想いを寄せるNとは誰なのか?切なさに満ちた、著者初の純愛ミステリー。

「BOOK」データベースより

タイトルにある『N』とは誰か、がポイントになる本書。

超高層マンションで夫婦の変死体が発見され、序盤では四人の男女が警察に供述するという形で事件の概略が提示されます。

次の章からは各個人の目線から事件が語られ、徐々に真実が見えてきます。

読みながら『N』とは誰かということを考えていましたが、最後は思わずなるほど、と予想していなかった結末に唸ってしまいました。

自分の頭が固いというか、そういう手があったかと。

イヤミスというよりは、切ない愛』がテーマとなった作品です。

この記事では、本作の魅力をあらすじや個人的な感想を交えながら紹介します。

ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。

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あらすじ

事件の概略

『野バラ荘』というボロアパートで、台風による浸水をきっかけに知り合った杉下希美、安藤望と西崎真人の三人。

杉下と安藤は、安藤の就職内定祝いで石垣島を訪れ、そこで野口貴弘・奈央子夫妻と知り合います。

当時、杉下と安藤は将棋にはまっていて、それをきっかけに貴弘が声を掛けてきて、旅行から帰った後も交流を深めます。

また貴弘の勤める大手商社は安藤の内定先で、この縁もあって安藤は貴弘と同じ部署に配属されます。

それから杉下と安藤は野口夫妻の住む『スカイローズガーデン』という超高層マンションにしばしば呼ばれ、そこでも将棋を指します。

杉下は奈央子と二人で買い物などに行くこともあり、一度だけ奈央子が野バラ荘を訪れた後、いつも遊んでくれているお礼にと立派なドレッサーが送られてきました。

ところが、その年の十一月頃から誘われなくなり、奈央子とは連絡も取れなくなってしまいます。

そこで貴弘に連絡をとって奈央子に取り次いでもらったところ、体調が優れず、外出しないなら持っていても仕方ないと携帯を解約したことを伝えられます。

心配になった杉下と安藤は野口夫妻の住むマンションを訪れると、奈央子は一見元気そうに見えましたが、ふと黙り込んだり急に泣き出したりと情緒不安定な様子でした。

しかも、玄関の外側にドアのチェーンが取り付けられていて、二人は異様な雰囲気を感じ取ります。

この点に関して貴弘は、実は奈央子が流産をきっかけに精神的に不安定になっていること、自分がいない間に外出して車に轢かれそうになったこともあったから仕方なく外出中は閉じ込めていることを教えてくれます。

杉下は純粋に二人を案じますが、安藤はその光景に違和感を感じずにはいられませんでした。

安藤の勤める商社では、以前そこの受付嬢をしていた奈央子が不倫しているという噂が立っていて、それを知った貴弘によって閉じ込められているのではないか、という疑念が浮かび上がります。

しかし、真実は分かりません。

しばらく心配していましたが、忙しくなってすっかりこの件を忘れていた二人。

そんな時、杉下が地元の高校の同窓会で成瀬慎司と再会したことで事態は動きます。

成瀬の両親は地元の島で『さざなみ』という料亭を営んでいて、成瀬自身も東京のフレンチレストランでアルバイトをしていますが、杉下はそのレストランが野口夫妻にとって思い出の場所だということを思い出し、成瀬にお店のことについて色々と質問します。

すると、そのレストランでは出張サービスを行っていることが判明します。

そのレストランの出張サービスをお願いすれば、奈央子も元気になるかもしれない。

そう考えた杉下はこのことを貴弘に提案し、彼も快諾して予約を入れます。

この時、貴弘と安藤は保留にしていた将棋の対局があり、料理が届く日にその続きも行われる予定でした。

なんとしても安藤に勝ちたい貴弘は予約の時間よりも早く杉下を呼び、一緒に対策を考えます。

しかし、予定よりも早く安藤が到着してしまい、貴弘は慌てて仕事の話があるからマンション内にあるラウンジで待っていてくれと嘘をつき、自らも部屋を後にします。

残された杉下。

対局の攻略法も完成し、それをメモするために紙とペンを取りに書斎を出たところ、リビングから声がして向かいます。

すると、そこには頭から血を流して倒れている貴弘、脇腹から血を流して倒れる奈央子、そして、同じ野バラ荘に住む自称小説家の西崎真人が立っていました。

なぜ西崎がここにいるのか?

なぜ血の付いた燭台を持っているのか?

杉下が状況を把握できずにいるとインターホンが鳴り、外に出ると出張サービスの料理を届けにきた成瀬がいました。

安藤がラウンジから降りてきた時には、警察官や救急隊が到着した後でした。

西崎の供述から、奈央子の不倫相手が彼であることが判明します。

杉下が不在の時に野バラ荘を訪れた奈央子に声を掛け、親密になったです。

野口夫妻の死について、西崎は貴弘から暴力を振るわれている奈央子を助け出すために花屋を装って部屋を訪れたところ、貴弘に見つかって殴られ、最終的に矛先は奈央子に向き、彼女は貴弘によって包丁で刺されてしまうのです。

その後、西崎は近くにあった燭台で貴弘を殴り殺したのだといいます。

以上が、四人の証言から浮かび上がった事件当日の様子です。

しかし、四人の心情からこれが嘘であることが徐々に明らかにされていきます。

成瀬慎司の場合

学生時代から杉下に好意を抱いていた成瀬。

もしかしたら杉下に会えるかもと思って同窓会に参加したところ、成瀬は彼女と再会し、アルバイト先であるレストランの話題で盛り上がります。

そして、もう一つ。

杉下が取り出したのは小さな紙きれでした。

高校時代、成瀬と杉下は同じクラスの前後の席に座っていました。

ある日の授業中、成瀬に隠れて新聞の切り抜きを熱心に見ていた杉下が先生に指名され、成瀬は彼女に問題の答えを教えて事なきを得ます。

それから二人の交流は始まり、杉下が見ていたのが新聞に掲載されている詰め将棋だということを知ります。

それ以来二人は、杉下が新しい切り抜きを持ってきては一緒に駒の動かし方を考えるようになりました。

そんな日々が過ぎていったある日、成瀬は放火され燃え上がる建物を見上げていて、後から来た杉下がそれを見つけます。

当然、警察からは容疑者として成瀬は見られるはずでしたが、杉下が二人で一緒にいて、奨学金の申請書を渡そうと思ったとなぜか嘘をつき、成瀬は訳が分からないまま彼女の言葉に頷くだけでした。

その奨学金は無利子で借りられ、限られた生徒しか受けることの出来ない制度で、杉下も家庭の事情からこの制度を必要としているはずでした。

しかし、この証言のこともあって成瀬が奨学金を受け取ることになり、無事に東京の大学に進学することになります。

父親が自宅に愛人を連れてきて、母親と弟と一緒に追い出された杉下の方が必要としているのに。

どうして?

それ以来、二人は会話することなく、高校生活を終えました。

そして同窓会を機に交流が再開し、成瀬は野バラ荘に呼ばれます。

そこには杉下の他に西崎もいて、思っていた展開とは違ったものの、彼女との交流を楽しみます。

しかし、次に野バラ荘を訪れた時、二人から奈央子の救出を手伝ってほしいと依頼され、杉下の頼みだからと渋々了承します。

作戦決行当日、成瀬は予約の時間通りにマンションを訪れ部屋へ繋いでもらおうとしますが、なかなか反応がなく、少ししてから杉下の悲鳴のような声が聞こえます。

部屋に向かうと、そこには野口夫妻の死体がありました。

しかも貴弘の方は西崎が手にかけたのだといいます。

成瀬は咄嗟に作戦のことは内緒にするなどいくつか取り決めを交わし、それから警察に連絡するのでした。

その十年後、成瀬は西崎が貴弘を殺した犯人ではないと推測していました。

その理由として挙げたのが、西崎の体にある火傷の痕です。

西崎は幼少期に母親から虐待を受けていて、火を恐れるようになってしまいました

そんな人間が燭台を使って殺害するとは考えにくい

しかし、それよりも成瀬が気にしているのは杉下のことでした。

彼はようやく自分の店を持つことができ、杉下を十年ぶりに招待したいと考えるのでした。

安藤望の場合

冒頭で、西崎の執筆した『灼熱バード』が提示されます。

愛の印として恋人に傷をつける女とつけられる男、そしてそれを見るトリの話。

やがて男は家を出て、女の愛情の矛先はトリに向けられます。

彼女の愛情はだんだんとエスカレートし、食事をとるためには熱されたオーブンに入らなければなりませんでした。

火に身を焦がされながらいつこの地獄が終わるのかと思っていると、ある日男が戻ってきて、女を殺害します。

トリは地獄から解放されますが、空腹を満たすためのオーブンが見当たらず、飛び込む灼熱地獄を求めて愛してると泣き続けるのでした。

ここから安藤の視点から見た物語が明かされます。

安藤は上昇志向の強い男で、内心では杉下や西崎のことを馬鹿にしていました。

西崎から『灼熱バード』の感想を求められた時も真面目に取り合おうとせず、また究極の愛は『罪の共有』だと西崎と通ずる感想を抱いた杉下にも呆れていました。

そんなある日、台風で損傷した野バラ荘を三人で修理している時、野バラ荘を売ってほしいという話をオーナーの野原が受けているが断っていることを知ります。

この時に杉下から将棋を提案され、最初はその気でなかった安藤も次第にのめり込んでいきます。

また杉下から誘われて同じ清掃のアルバイトを始め、それが就職活動の面接で話のネタになり、無事に志望していた商社から内定をもらいます。

さらに杉下から誘われた石垣島への旅行で野口夫妻と知り合い、安藤はそれがきっかけとなって貴弘の部署に配属されることになります。

どれも杉下のおかげで、安藤はその借りを返すべく彼女の願いを叶えることにします。

彼女は清掃で使うゴンドラに乗ることを夢見ていましたが、体重が五十キロ以下では乗ることができませんでした。

しかし、安藤はダイビング用のウェイトベルトを巻かせることでその課題をクリアし、二人で一緒に高い所から夜明けを迎えます。

就職後、二人は会うことがほとんどなくなり、安藤は仕事にのめり込んでいきます。

最初は貴弘のことを尊敬していた安藤ですが、次第に手柄を独り占めするところなど気になる点も見つけてしまいます。

また将棋で五番勝負をして、一度も勝てなかったら途上国に修業に出てもらうと公私混同な勝負を挑まれますが、安藤は受けます。

結果は四敗。

残る勝負は、成瀬のアルバイト先のレストランの出張サービスを予約したあの日に決まるはずでした。

安藤が予定より早くマンションに着くと、なぜか赤いバラを抱えた西崎と出会い、意味こそ分からないものの杉下と何か企んでいることだけは分かりました。

それが気に食わなかった安藤は野口夫妻の玄関のチェーンを外からかけると、貴弘に言われた通り、ラウンジで待機します。

そして降りた時には、すでに野口夫妻は死亡していました。

十年後、安藤は杉下、西崎、そして成瀬と秘密を共有できなかったことを悔やんでいました。

事件の真相は分かりませんが、本当なら杉下と西崎で口裏を合わせて逃げることだってできたはずなのに、自分がチェーンをかけたせいで二人は逃げられなかったのです。

しかも後から来た成瀬は、チェーンはかかってなかったと嘘の証言をしています。

三人で口裏を合わせているのは明白でした。

本当はそこに巻き込まれたかった安藤。

『灼熱バード』のトリとは西崎のことだと気が付きます。

また十年ぶりに野バラ荘を訪れて野原と話したところ、彼はトリとは杉下、もしくは西崎のことだといいます。

この二人の共通点とはなにか。

杉下は究極の愛は『罪の共有』だといい、その相手は成瀬だとほのめかしていたが、本当は西崎なのでは?

安藤は十年前の彼らとの他愛ないやり取りを思い出し、真実を欲するのでした。

杉下希美の場合

杉下は生まれ故郷の島で、母方の祖父母が建てた海岸沿いに建つ、島の人たちから『白いお城』と呼ばれる洋館に住んでいました。

母親もそこで生まれてお嬢様のように育ち、やがて今の夫と結婚して希美と弟の洋介を生み幸せに暮らしていました。

しかし、不況の波に飲まれて父親の仕事は忙しくなり、帰りが遅くなることが増えます。

そして高校二年生の秋、杉下が自宅に帰ると父親の愛人が押しかけていて、ここで二人で暮らすから杉下たちには出ていけといいます。

洋介は抵抗しますが父親に殴られ、愛人の女も悪びれる素振りも見せずに杉下の部屋を自分が使うのだといい、中には高価そうなドレッサーが置かれていました。

父親の言い分として、彼の家計は短命であるため、これまで家族のために尽くしてきたのだから残りの人生は好きに生きたいとのこと。

なおも抵抗する洋介ですが父親に敵うはずもなく、三人は問答無用で家を追い出され、父親の用意した『幽霊屋敷』と呼ばれる古い一軒家での生活を強いられることになります。

生活のための養育費は月二十万振り込まれましたが、家族三人ではそう余裕もありません。

しかし、お嬢様育ちの母親は追い出されたショックから倒れてしまい、働きに出るどころではありません。

それどころか高い化粧品を買って生活費を使い切り、現状を全く理解しておらず、綺麗にして夫を待つのだと捨てられたことすら理解していません。

かつては建設会社の社長の家ということもあり誰かが料理を持ってきてくれていましたが、今やそんなことを期待できるわけないと誰でも分かりそうですが、母親にはそれが理解できません。

結局、その日に食べるものにすら困り、洋介が父親にお金を貸してくれるよう頼みに行きますが、殴られて帰ってきます。

今度は杉下が頼みに行くと、愛人が出迎えます。

彼女は先日の騒ぎでドレッサーの鏡が割れてしまったことに怒っていましたが、お金の代わりに料理を作るから、毎日取りに来るようにと杉下に言います。ただし、土下座してお願いすることと条件をつけます。

杉下は怒りをグッと堪えて愛人の要求を飲み、次の生活費が振り込まれるまで耐え続けます。

これを機に二人は新聞配達のバイトを始めますが、みっともないと母親に止められ、生活は苦しいまま。

唯一、カレーなどをお鍋に大量に作ることで食事があるという満足感が得られ、島を出てもしばらくは食べきれない量の料理を作り置く習慣が抜けませんでした。

一方、母親の贅沢病はそれでも治らず、二人が指摘しては荒れ狂うの繰り返しで、杉下の心は次第に壊れていきます。

さらに洋介が高校進学を機に島を出たことで唯一の味方を失い、もはや我慢の限界に達しようとしていました。

そんな時、杉下は成瀬の後ろの席になり、心の支えを手に入れます。

交流を深めていく中で、成瀬が実家の料亭『さざなみ』に自分が白いお城に抱いているような思いを抱いている気がして、同じ思いを共有しているようで杉下は救われます。

しかし、杉下が大学進学を機に島を出たいということがどこからか母親の耳に入り、彼女が狂ったように暴れだして再び杉下の心は壊れ始めます。

杉下は授業中、成瀬と詰め将棋のことでやり取りする時、シャープペンシルの芯を三回カチカチと出して『す・ご・い』と表現していましたが、この頃は四回の合図を出すようになっていました。

成瀬はこれを『だ・い・す・き』と勘違いしていましたが、本当は『た・す・け・て』で、結局成瀬にこの思いが届くことはありませんでした。

杉下の父親と母親への怒りは限界を迎え、やがて父親の住む白いお城が無くなれば安らぎを得られると考えるようになり、心の中でお城が燃えるところを想像して気持ちを静めていました。

また奨学金を利用して島の外に進学することを計画している時、成瀬の料亭がパチンコ屋になって彼が進学を諦めることを聞かされ、何とか力になりたいと考えていました。

そんな矢先、燃え上がる『さざなみ』を発見し、杉下は慌てて現場に向かいます。

野次馬を潜り抜けて目の前まで行くと、そこには呆然と立ち尽くして燃え上がるかつての実家を見る成瀬がいました。

彼の腕に触れていると、次第に心の中で父親も母親も愛人も燃え上がるのを感じ、杉下は彼にありがとうと感謝し、彼のために出来ることはなんだろうと考えるのでした。

杉下は成瀬が放火したのではと考えていて、その罪を一緒に隠蔽し、共有することで恋愛とは違う、彼との究極の愛を確かめるのでした。

ここからは野バラ荘時代の話。

しばらく島のことを忘れていた杉下ですが、西崎の『灼熱バード』を読んだことで父親と愛人のことを思い出し、大量の料理を作ってしまいます。

それを野原のところにおすそ分けしに行くと、町機能を備えた新しいマンションを建てようとする開発業者がここを訪れ、この土地を売ってほしいと直談判しに来たことを知ります。

野原以外にも『みどりビル』というビルを所有するオーナーも立ち退きに反対しているため、その人が反対している間は問題ないと野原は話します。

野バラ荘を残したいと思った杉下は西崎にこのことを相談すると、彼もそのことに賛成してくれ、みどりビルを所有する資産家と仲良くなって立ち退きに反対し続けてもらうようお願いするという絵空事のような計画を冗談半分で立てます。

西崎が調べた結果、みどりビルの所有者が野口喜一郎だと判明します。

この時点では知りませんが、喜一郎は貴弘の父親です。

それから貴弘が珊瑚を守るボランティアグループに所属していることを知り、それをきっかけにして仲良くなろうと考えます。

しかし、西崎はダイビングにつき合ってくれないということで、杉下は野バラ荘のことは隠してこういう活動が就職活動に役立つという口実で安藤を誘うことにします。

結果として、安藤が貴弘と同じ会社に内定をもらったことで貴弘の情報をより引き出すことができ、偶然を装って野口夫妻と仲良くなることに成功します。

これも安藤のおかげであり、いつしか安藤に成瀬の姿が重なるようになっていました。

しかし、計画に安藤を巻き込むとせっかくの内定に支障が出るのでと懸念し、売却の件は安藤に内緒で杉下が直接貴弘に連絡し、相談します。

貴弘は安藤に将棋で勝つためのブレーンになってくれれば情報収集し、良くしてくれるということで杉下はこれを了承します。

最後に、杉下は安藤のおかげでゴンドラに乗ることができ、彼に言葉では伝え切れない感謝を感じ、これから高みに飛び立つ彼を邪魔しないことこそが彼のために出来ることだと思い、奈央子奪還の計画には巻き込まないことを決めるのでした。

十年後、島を出てからの暮らしを振り返る杉下。

島を出てからもしばらくは壊れた心は治らず、料理を大量に作ってしまう癖は抜けませんでしたが、次第に症状も落ち着き、それに気が付いていた野バラ荘のオーナーである野原を安心させるのでした。

しかし、そんな安らぎもほんのひと時で、奈央子がお礼にと杉下にドレッサーを送ったことで、再び杉下の心は壊れ始めるのでした。

西崎真人の場合

小説家をきどって自分の感性を理解できない人間を見下すような嫌な男として描かれてきた西崎ですが、ここで彼の生い立ちが語られます。

彼の父親は物心ついた時にはすでに母親と別れていて、西崎は幼少期から愛しているという理由で母親から虐待を受けていました。

小学生になると虐待に担任の男性教師が気づき西崎の母親のもとを訪問しますが、母親はその事実を否定し、あろうことかこの男性教師と関係を持ち、今度は男性教師が『愛している』という理由で暴力を振るわれるようになります。

しかしそんな関係も長続きせず、担任の教師は学校を去り、再び西崎が愛の対象になります。

ところが、事態は急変し、母親の吸ったタバコの吸い殻が原因で住んでいたマンションが火事にあい、西崎はなんとか逃げ出しますが、母親は死亡してしまいます。

その後、すでに再婚していた父親の元に引き取られ大切にされますが、一方でかわいそうな子と思われるたびに過去の自分を否定されているような錯覚に陥り、一人の場所を獲得するために書斎に閉じこもって本を読むようになります。

そして西崎は、母親から受けたものが愛であることを証明するために小説を書くことを決意します。

そうして完成したのが『灼熱バード』でした。

ある日、西崎は杉下を訪ねてきた女性と出会い、部屋に上げるとそこで初めて彼女が野口奈央子であることを知ります。

初め、奈央子と杉下は仲が良いのだと思っていた西崎でしたが、話を聞くうちに奈央子は杉下に馬鹿にされていると感じていること、野バラ荘のための行動すべてを貴弘との不倫だと疑っていることが分かりました。

西崎は貴弘に聞けばよいと提案しますが、そんなことをすれば暴力を振るわれるとすぐに否定されます。

そこで西崎はそれは愛ではないときっぱり言い切り、奈央子に『灼熱バード』を読ませます。

奈央子は読み終わると涙を流し、トリが西崎であることをすぐに見抜き、自分と同じであると言います。

そして、西崎の傷を見てたくさん愛されたのねと言い、その傷に唇をはわせ、奈央子に対しても西崎は同じことをするのでした。

それ以来、奈央子が貴弘に暴力を振るわれるたびに呼び出され、二人は傷をなめ合います。
奈央子はあくまで貴弘を愛しているけれど、西崎にはこれで十分でした。

しかし、しばらくして奈央子からの連絡が途絶えて心配していると、杉下と安藤の会話を盗み聞きして奈央子が不倫していると噂が立っていること、流産したこと、自宅に閉じ込められていることを知ります。

安藤が帰った後、西崎は杉下に詳しい話を聞きますが、杉下は奈央子が嫌いだから何もしてあげたくないと聞く耳をもってくれませんでした。

しばらく二人の関係はギクシャクしましたが、お互いにその時のことを謝り、西崎は奈央子を助けるために力を貸してほしいと杉下にお願いします。

杉下はこれを了承し、成瀬にも協力してもらうことにしました。

その後、奈央子から花屋を装って助け出してほしいと依頼された西崎は運命の日、花屋の恰好で野口夫妻の部屋を訪れます。

ところが出てきた奈央子は逃げ出そうとせず、杉下を連れて帰ってほしいとお願いします。

彼女は、西崎と杉下が付き合っていると勘違いしていて、貴弘から手を引かせるために西崎と関係を持ったのです。

その声は貴弘に聞こえてしまい、西崎は逃げ出そうとしますが玄関は安藤が外からチェーンをかけたせいで開かず、西崎は言い訳をする間もなく貴弘に殴られます。

西崎は時間を稼ごうと包丁を手にして貴弘を威嚇しますが、逆に奪われてしまい形勢逆転。

書斎から出てきた杉下が花瓶を落とす素振りを見せて注意を引こうとしますが、突然、貴弘が倒れます。

彼を殴ったのは、燭台を持った奈央子でした。

理解できない二人に対し、奈央子は誰にも貴弘は触らせないとして、二人に家から出ていくよう言います。

西崎は説得を試みますが聞く耳を持ってもらえず、二人は出ていこうとしますが、安藤がチェーンをかけたせいで外には出られません。

そうこうしている内に奈央子は包丁で自分の脇腹を刺して自殺してしまいます。

母親の愛を愛だと思い込もうとして彼女を見殺しにした西崎にとって、奈央子をこのまま人殺しにしたくはなく、自分が貴弘を殺したことにしようと杉下に提案します。

彼は罪を償って、解放されたかったのです。

そして、奈央子が貴弘を殺した理由は愛であり、愛が殺人の動機になることが許せなかったのです。
こうして事件の真相が明かされ、冒頭の事件当時の供述に話は繋がっていくのでした。

結末

十年後の杉下の回想。

彼女は貴弘から五番勝負に安藤が負ければ僻地に異動させられることを聞かされ、自分がブレーンになったことで安藤が飛ばされるなどあってはならないと考えました。

そこで西崎が訪れたタイミングで貴弘を玄関の方に行かせ、彼を殴らせて傷害罪で逮捕させようとしたのです。

結果として野口夫妻は死亡し、安藤も僻地に行くことになりました。

また洋介を経由して杉下が余命半年だと宣告されたことが成瀬に知られ、たまにお見舞いにきてくれています。

何かしてほしいことはないかと聞く成瀬に、事件の真相が知りたいという言葉をグッと飲み込み、何かおいしいものを作ってあげてほしいとお願いするのでした。

自分の人生に愛をくれた人たち、Nのために。

Nのために

最後の杉下の心境から分かる通り、Nは一人ではありません

事件の供述をした他の三人(安藤望(N)、成(N)瀬慎司、西(N)崎真人)のために杉下は行動したのです。

具体的には以下の通り。

杉下→安藤

ゴンドラに乗せてくれて、一人では届かない場所に連れてきてくれたこと。
杉下は安藤の将来の妨げにならないよう、奈央子を連れ出す計画に安藤を誘わなかったのです。

さらに安藤が自分のせいで僻地に飛ばされないよう、貴弘に不倫相手である西崎が来たことを教え、傷害罪で逮捕されるよう誘導したのです。

杉下→成瀬

島での生活で心が壊れて限界だった時、同じ気持ちを共有し、『さざなみ』を放火して彼女の心の中にあるお城や父親、愛人を燃やしてくれたこと。

本当は成瀬が放火してわけではありませんが、杉下はそう勘違いしています。

そして、杉下は成瀬のためにアリバイを作って彼は放火していないと嘘をつき、罪を共有し、奨学金の用紙を渡して島から解放するのでした。

杉下→西崎

『灼熱バード』を読んで、西崎も自分と同様に深い闇を抱えていることを知った杉下。

だから彼女は西崎のために、奈央子を連れ出す計画に加担したのです。

おわりに

男女の愛だけが全てじゃない、様々な形の愛が渦巻き、悲劇につながってしまった悲しい物語でした。

本作のタイトルは杉下希美からNたちに向けられたものですが、取りようによってはベクトルを逆にしたり、組み合わせを変えたりして様々な『Nのために』が浮かび上がってきそうです。

野口夫妻も野原も『N』なんですから。

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