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恒川光太郎『草祭』あらすじとネタバレ感想!命を流れを描く短編集

たとえば、苔むして古びた水路の先、住宅街にひしめく路地のつきあたり。理由も分らずたどりつく、この世界のひとつ奥にある美しい町“美奥”。母親から無理心中を強いられた少年、いじめの標的にされた少女、壮絶な結婚生活の終焉をむかえた女…。ふとした瞬間迷い込み、その土地に染みこんだ深い因果に触れた者だけが知る、生きる不思議、死ぬ不思議。神妙な命の流転を描く、圧倒的傑作。

「BOOK」データベースより

恒川光太郎さんといえば、日常と紙一重の所に存在する違った世界を描くことが本当に上手で、本書もそんな作品です。

収録されている短編はそこまで繋がりはありませんが、唯一、『美奥』という奇妙な土地を舞台にしている点が共通しています。

読み進めることで、前の短編で消化しきれなかった疑問が解決し、最後まで読むことで一つの作品として完成します。

この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。

核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。

あらすじ

けものはら

中学三年生の雄也は、同級生の椎野春が家に帰っていないことを知り、行き先に一つだけ覚えがありました。

それは二人が小学五年生の時、水路から偶然迷い込んだ不思議な草原でした。

はじめは秘密の場所を見つけたと感激したものの、次第に禁断の地なのではないかと思うようになり、逃げるようにして出てきた場所。

その数日後、見知らぬ男に『けものはら』に立ち入ったことを叱られ、以後、行ったことはありませんでした。

雄也は意を決して水路をおりていくと、記憶通りの場所にけものはらはあって、春もそこにいました。

春は無気力で、近くには彼の母親の死体が転がっていました。

雄也は混乱し理解できませんが、やがて春のこれまでの事、けものはらのことが次第に分かってきます。

屋根猩猩

『けものはら』に登場した春の同級生、藤岡美和が主人公の話で、彼女は十七歳の高校生です。

美和はある日、学校の帰り道に見知らぬ男の子に声を掛けられ、拾った彼の財布を返します。

後に彼の名前がタカヒロということは分かりますが、年齢不詳で学校に行っていないなど、謎が多い少年でした。

一方で、美和はクラスメイトの女子たちにイジメられていて、彼女たちだけでなくクラスメイトを猿だと見下していました。

そんな彼女のストレス解消法はハウトゥー本を書くことで、そこには誰にも見せられないようなひどいことが書かれています。

美和はことあるごとにタカヒロと会い、彼が屋根崎地区の守り神をしていることを知ります。

尾根崎地区には木造瓦屋根の古い家が立ち並び、屋根には屋根猩猩(やねしょうじょう)という守り神がのっていますが、それと何か関係があるのか。

ただのタカヒロの妄言か何かだろうか。

美和は何か危ないものを感じてタカヒロとは距離をとっていましたが、彼の本性を知るのはこれからでした。

くさのゆめがたり

後にテンと名付けられる少年は、叔父から薬や毒について学んでいました。

そしてある日、その叔父を自身の調合した毒で殺害。

たまたま通りがかった僧侶のリンドウに保護され、彼の故郷である春沢で暮らすことになります。

テンはリンドウをはじめ、彼の娘・絹代の家族と交流する中で温かいものに触れ、幸せな時間を過ごします。

ところが、テンが気まぐれで山賊から女性を救ったことで山賊に目をつけられ、絹代の夫は殺害され、絹代と娘の花梨がさらわれてしまいます。

テンは二人を取り戻すために山賊のアジトに向かいますが、これが思わぬ結果に結びつきます。

天化の宿

望月ゆうかは美奥のお城みたいな家に暮らしていまうすが決して幸せというわけではなく、周囲の人間を見下す父親のことが嫌いでした。

ある日、ゆうかは小学生くらいの双子、タッペイとコウヘイと出会い、彼らの家であるクトキの館に案内されます。

クトキとは『苦解き』のことで、心に根を張るような苦しみは解かないといけないといいます。

ゆうかには苦解きが必要だとその家に住む女性は伝え、ゆうかは悩んだ末に苦解きを受けることにします。

彼女の場合、苦解き盤で『天化』というゲームを四、五日にわたってする必要があり、それに臨みます。

言葉では完全に説明することのできない天化の魅力。

苦しみを解くとはどういうことなのか。

その意味は、物語の最後に分かります。

朝の朧町

春や美和の同級生である佐藤愛。

彼女と思われる五歳の少女が登場し、その母親である香奈枝が主人公の話。

香奈枝はとある事情で東京から美奥に移住し、長船という男性と共同生活を始めます。

長船の家に住まわせてもらい、その代わりに家政婦としての役目を果たす。

そんな生活が四年も経った頃、香奈枝は長船がかつてミニチュアの町を作っていたことを聞き、そのことを本人に聞きます。

すると長船はそこに連れて行くといい、嘘ではなく本当に香奈枝をミニチュアの町、彼の頭の中にある町に連れて行きます。

そこには、不思議がたくさんありました。

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感想

舞台が同じ短編集

冒頭でも書きましたが、本書に収録された短編は全て美奥が舞台になっています。

唯一、『くさのゆめがたり』は違うように見えますが、後にちゃんと繋がっていることが分かりますので、ご安心ください。

『けものはら』で美奥にはまだまだ不思議が隠されていることが示唆されていますが、その通り、この土地には多くの不思議が隠されています。

日常のちょっと先にある、人智を越えた世界。

生きるも死ぬも、人間の常識が通用しない世界。

ふらりと迷い込んでしまう気軽さに、好奇心とそれを押しとどめる恐怖。

大抵、理解の及ばない世界を描く時、綻びが見えると興醒めしてしまうのですが、本書においてそんな心配は一切ありません。

何の違和感もなく美奥という土地に秘められた不思議を描いているので、思う存分に楽しんでもらえればと思います。

まるで郷土史

『朝の朧町』において、香奈枝は長船から聞く美奥の話を書き留めることについて、『なんだか遠野物語を執筆している柳田國男の気分になる』と言及しています。

遠野物語とは岩手県遠野地方の逸話、伝承などを記した説話集で、香奈枝の感覚からするとこの『草祭』こそが美奥地方の逸話、伝承を集めた作品ということになります。

『草祭』は創作で元となった話はないと思いますが、もしかしたらこの世界のどこかにそんな逸話、伝承があるかもしれない。

そうしたら、本書の中に広がる物語がかつて存在した、もしくは今も存在しているかもしれない。

そう捉えることも出来ます。

この考え方が出来るだけで本書の楽しみが増したので、ぜひそういった方面からも本書を読んでみてほしいと思います。

屋根猩猩が特におすすめ

どの短編にしても、読み始めればすぐにその世界観に引き込まれるほどの魅力を持っているので、甲乙つけがたいところはあります。

その中であえて優劣をつけるのであれば、僕は『屋根猩猩』をオススメします。

はじめは美和のキャラが読めず、また随分現実的な話だとそこまでのめり込みませんでしたが、中盤以降になると魅力がグッと増します。

美和は当初思ったよりもずっと人間らしい感情を持ち合わせているし、タカヒロが本当にやばいやつでした。

何より結末が秀逸で、事態を理解するまでは間抜けな顔をしてしまい、意味が分かると背筋を下から上に向かってゾクッと恐怖が走りました。

予想できそうなオチですが、まさかこういう形で訪れると思っていなかったので、してやられた気分です。

物語が面白かったのはもちろんのこと、その後の行方を想像するのも楽しいので、後々までこの読了感は忘れられそうにありません。

感想

僕らが住む世界とは異なる世界を描かせたら超一流の恒川さん。

おまけに短編というページ数に制約がある中で見事に物語が広がり収束していて、物語のアイディア、構成力に長けていることを再認識しました。

表紙からイメージする内容と中身がかなり異なっていたので、読み終わってから表紙をぜひ見返してみてください。

読み返せばさらに味の出る、スルメ作品です。

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