『屍者の凱旋~異形コレクションLVII~』あらすじとネタバレ感想!
井上雅彦、上田早夕里、空木春宵、織守きょうや、黒木あるじ、最東対地、澤村伊智、篠たまき、斜線堂有紀、背筋、久永実木彦、平山夢明、牧野修、三津田信三、芦花公園……日本を代表する短編巧者が「ゾンビ」テーマに集結! 生ける屍たちの饗宴を巡る傑作15篇!
Amazon商品ページより
シリーズ第五十七弾となる本書。
前の話はこちら。
今回は屍者、いわゆるゾンビがテーマですが、実はかつてシリーズでも一度取り上げたことがあります。
それが令和の時代によみがえったわけですが、本当に錚々たる面々で表紙だけで大興奮です。
推し作家である澤村伊智さん、斜線堂有紀さん、久永実木彦さん、三津田信三さん、芦花公園さんはもちろんのこと、その他にも新たなに発見した名作家もいて、値段以上の価値を大いに感じた一冊でした。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
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あらすじ
ふっかつのじゅもん【背筋】
私は妻を生き返らせた。
そんな冒頭から始まります。
私は妻が亡くなってから生きる希望を失い、何かしなければと思って何とかかつてやっていたゲームを手にとります。
何度もやったことがあるゲームを繰り返しますが、やがて一般のプレイではたどり着けないであろう仕掛けに気が付きます。
ハネムーン【織守きょうや】
テロによるウイルスが流失し、ゾンビが生み出されます。
幸い、感染力はそこまで強くなく、限られたエリアに留まります。
ワクチン接種など対策をとりつつも、感染エリアは放置されて人々も外に避難しますが、僕はまだ町に住んでいました。
ゾンビが政府に回収されて数を減らす中、僕は今のうちに実物を見ておこうと町に繰り出し、そこでゾンビと化した幼なじみの浜中美憂と出会います。
ゾンビはなぜ笑う【上田早夕里】
ゾンビが溢れかえった日本。
自衛隊や警察だけでは対応が追い付かず、一般人も銃を持って対応せざるを得ない状況でした。
ちなみに本書ではゾンビのことを『違種』と呼んでいます。
私は配達業をしながら、出会った違種を倒す生活を送っていますが、ある日、同僚の湊から相談を持ち掛けられます。
粒の契り【篠たまき】
男女の甘いひと時。
冒頭だけ読めば、そして多少の違和感に目をつむりさえすれば、官能小説と読めなくもないテイスト。
しかし、女性はすでに亡くなっていて、幽体離脱のように自分の体の全体像を見ることができました。
なぜこんなことになったのか。
少しずつ描写され、女性を巡る物語が紡がれていきます。
アンティークたち【井上雅彦】
高名な古美術蒐集家の別荘を訪れた六人の男女。
蒐集されているものの中に宵宮綺耽という人の作品が含まれていて、訪れたうちの一人・私にはある目的がありました。
私の姉は鑑定士をしていましたが、この別荘に鑑定で訪れ、そのまま消息を絶ってしまい、彼女の行方を探していました。
この物語では私の視点の他に美術作品の妖しい解説が挟まり、異様な雰囲気で進行するのも特徴です。
風に吹かれて【久永実木彦】
深愛市営霊園。
二〇三〇年代では人間は死ぬとふわふわ風船のように浮かぶということが常識になっていて、この霊園ではどこかに飛んでいかないように固定されながら遺体が安置されています。
墓守(名前ではないがこの名前で表記されている)は霊園を管理する仕事をしていて、その仕事に満足していましたが、ある日、状況が一変します。
コール・カダブル【最東対地】
ルシオとベラの夫妻は娘であるカミラを亡くしてしまいますが、最先端技術によって彼女を生き返らせることに成功します。
死んだはずの娘が家にいる。
はじめは夫妻も喜びましたが、やがて生きていた娘とは違うことに気が付き、娘が生き返ったことに追い込まれていきます。
猫に卵を抱かせるな【黒木あるじ】
古い修道院を改装した屋敷。
二人の日本人が大勢の前に立っていました。
相手はシチリアに君臨する秘密結社で、二人は屍者を復活させるためにここにいました。
これまで様々な人間が挑戦し、全ては手品だとして殺害されてきました。
二人もそうかと思われましたが、何と本当に屍者を復活させてしまいます。
ESのフラグメンツ【空木春宵】
本書は第三者視点での描写の他に、一人称視点での描写が一ページに収まるという不思議な構成をしています。
慣れるまで視点の行き来に迷いますが、今までになかった味わいを生み出しています。
一人の少女が亡くなって屍者として生き返り、自分の意志とは関係なく動き出します。
ちなみにESとはよく百合に登場する『S(Sister)』と近しいものがあり、終盤にその意味が明かされます。
肉霊芝【斜線堂有紀】
本作には肉の森・肉霊芝なるものが登場します。
人間のあらゆる臓器、器官を生み出し、それを切り取って移植することで多くの人間を救うことができます。
肉霊芝自体に死という概念は存在しますが、死んで蘇ることでさらに活力を増し、人間にますますの発展をもたらします。
人間からすればありがたい存在で、女神のような優しさにあふれる何らかの意思を感じますが、実はそんなことはなく、真逆のどす黒い怨念が込められていたことが明かされます。
ラザロ、起きないで【芦花公園】
須成竜輝は高校二年生の時に突然学校に行けなくなり、以来引き込もっています。
二十五歳の現在、彼を支える唯一のものは高校の同級生で構成されるグループチャットで、友人たちの投稿を見て温かい気持ちを得ていました。
そんなある日、同級生だった樫村つむぎの病気、そして死を知り、神が死んだかのような喪失感を覚えます。
竜輝はあてもなく外をさまよいますが、そこで見知らぬ男性と出会い、唐突に愛する人は復活すると告げられます。
理解できぬまま彼についていくと、集合住宅の一室で竜輝を待っていたのは、腐敗した動くつむぎでした。
煉獄の涙滴【平山夢明】
ディストピアのような、近未来を描いたようなSFホラー作品である本作。
ショーの息子はすでに亡くなっていて、科学技術によって肉体を延長させています。
延長には大金がかかり、ショー夫妻の生活は困窮を極めていました。
息子の延長が金銭的に厳しくなっている中、ショーには仕事で大金を掴む唯一といっていいチャンスが舞い込んでおり、彼は激しい葛藤に襲われていました。
ゾンビと間違える【澤村伊智】
ゾンビが登場して、ある程度の時が経った世界。
ゾンビは人間に害をなす一方で、頭が弱点と判明しているため、撃退することができます。
この世界において一般市民がゾンビを破壊することもあり、それが行き過ぎてゾンビと間違えて人間を殺害しても仕方ない、という風潮が出来上がっていました。
そんな中で、青部美雪は、幼なじみの僕にいいます。
お兄ちゃんをゾンビと間違えたい、と。
屍の誘い【三津田信三】
三津田さんは異形コレクション(本書)の執筆依頼を受け、屍者の凱旋にぴったりな話を一つ聞いたことがあることを記します。
体験者は昭和三十年代前半、中学校の教師をしながら民俗学の活動もしていた男性です。
彼は通夜や葬儀における民族採集をしたいと考えていて、犬甘村の郷土史家・木俣に相談したところ、協力してくれるといいます。
そして木俣から連絡があり、彼は犬甘村に赴いて葬儀に参加させてもらいますが、異変はそれから起きました。
骸噺三題 死に至らない病の記録【牧野修】
本書ではタイトルに三題とある通り、三つの話で構成されています。
深海で不死となったメガロドンが暮らしていました。
不死であって不老ではないメガロドンは長い時をかけて朽ちていくわけですが、その過程で自我が生まれ、それが後の二つの時代において大きな影響を与えます。
感想
匂いたつホラー
本書は屍者、いわゆるゾンビがテーマです。
実はシリーズ六作目で『屍者の行進』というタイトルで一度刊行されていて、令和という時代で再登場を果たしました。
通常のホラーであれば恐怖の根源が見えないことも多いですが、本書ではどの作品においても恐怖の対象が視認できます。
なんなら生きた死体なので見た目もグロテスクで、匂いも鼻が曲がるほど強烈に漂っています。
正直、読んでいてもなんだか気分が悪くなるほどの描写で、実際に匂いがしているようでした。
それが味わいなわけですが、もし匂いの感覚をなるべく抑えたいという人は、ある程度気温、室温が低い状態で読むことをオススメします。
真夏に読むと逆にゾンビの特徴を余すところなく味わえるので、そういった趣向が好みの方はあえて読むこともアリです。
屍者への願い
人間は何かを失った時、失った悲しみに耐えられなくて、甦ることを望んでしまうことはよく聞く話です。
しかし、そんなうまい話はないわけで、本書のどの作品でも再生を願った結果、残された人たちも甦った人も幸せになっていないところが興味深かったです。
生者は生者で、屍者は屍者。
その境界が本書によって明確に浮かび上がったような気がしました。
本書には様々な年代の作家による作品が収録されていますが、その認識が共通認識として持たれているところも面白かったです。
おわりに
毎回このクオリティで刊行されているところに驚きを隠せません。
改めて編者である井上雅彦さんの見識の広さに感心してしまいました。
今後の刊行に期待するとともに、過去のシリーズ作にも挑戦したいと思わせられる名作ぶりでした。
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