『木洩れ日に泳ぐ魚』徹底ネタバレ解説!あらすじから結末まで!
舞台は、アパートの一室。別々の道を歩むことが決まった男女が最後の夜を徹し語り合う。初夏の風、木々の匂い、大きな柱時計、そしてあの男の後ろ姿―共有した過去の風景に少しずつ違和感が混じり始める。濃密な心理戦の果て、朝の光とともに訪れる真実とは。不思議な胸騒ぎと解放感が満ちる傑作長編。
「BOOK」データベースより
先日、『本屋大賞&直木賞W受賞!』の帯を巻かれて平積みにされているのを見つけたので、つい手に取ってしまいました。
しかし文庫本として2010年発売ということで、なんでこのタイミング? などと思いましたが、これも運命の巡り合わせだと思い、読むことにしました。
読了感として、申し分なく面白い! 百点満点中九十点というところです。
あとの十点ですが、前半の勢い、緊迫感が後半になるにつれて物足りくなっていったので、あえて減点しました。
でも一気読みしたくなる設定、文章で、いいタイミングで読むことが出来ました。
今回は、そんな魅力的な本作をご紹介します。
ネタバレを含みますので未読の方はご注意ください。
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あらすじ
アパートの一室で繰り広げられる心理戦
本書は、高橋千浩と藤本千明が交互に語り手を務めます。
二人は一緒のアパートに住んでいましたが、それぞれ別の道に進むことを選び、最後の夜にアパートで飲みながら語り合うという、文字に起こせばこの程度の内容です。
最初は恋人同士が別れることになったのだろう程度の認識でいましたが、どうも二人は恋人同士というわけでもない。
しかもお互いに相手が殺人を犯したと疑っていて、それを白状させようと企んでいます。
お互いのことをよく知っているからこそ生まれる壮絶な心理戦が繰り広げられるますが、物語が進むにつれて違和感が生じ始めます。
徐々に問題の本質が変わっていくところが見どころの一つです。
ただの男女関係ではない
なんと二人はきょうだいだったのです。(二卵性双生児で、どちらが上かは明記されていない)
三歳まで一緒に育ちますが、困窮などを理由にその後千明がよそに貰われ、苗字も藤本に変わっていたのです。
そんな二人ですが、まがりなりにも双子ということで性格や趣味も似ていて、そのせいで大学で再会することになります。
そして自然と惹かれあい、きょうだいと分かってから同棲を始めました。
二人にとってそれは自然なことでしたが、周囲からすればそれはただの男女の同棲に過ぎません。
千明の彼氏もそれに気づいていて、いつも嫉妬していました。
きょうだいとして育ったのであればまた話は別ですが、異なった環境で育てば血の繋がりがあるとは言えそれは赤の他人と変わらないからです。
その事実に今更気が付いた二人は動揺し、今までの関係に戻れなくなってしまいました。
そして一年前、S山地に旅行した際、母と離婚して二人の出生を知らない父がガイドとしてつきました。
二人はその可能性も考慮していたので、気づかれないように自然に振る舞います。
良い旅行になるはずでした。
しかし、そこで悲劇が起こります。
三人が山登りの休憩で別行動をとっている時に、父は崖から落ちて死んでしまったのです。
二人は自分は父を殺していない、相手が殺した。
そう考え、この心理戦に臨んでいます。
しかし、真実は果たしてそうなのでしょうか。
記憶がよみがえる時、二人の関係が壊れる
心理戦を繰り広げるうちに二人の様々な記憶がよみがえります。
そして千明は千浩と一緒に過ごした幼い頃の記憶が合致しないことに違和感を感じ、ついに真実を思い出します。
千明は実は千明ではなく、高橋美雪という女性でした。
千浩の母が姉で、千明(美雪)の母が妹。双子ではなく、いとこだったのです。
本当の千明はというと、不幸な事故で三歳の時に死んでしまっていました。
しかし、すでに何かしらの援助の代わりに養子に千明を養子に出すことは決まっていました。
そこで姉は同じく経済的にも肉体的にも娘を育てるのが厳しい妹に頼み、美雪を千明として養子に出したのです。
つまり二人は幼少期に遊んだものの、同じ場所では住んでいなかった。そのため記憶が合致しなかったのです。
双子であるがゆえに、お互いに好きになってはいけないと自制していた二人。
それが不要だと分かり、本来であれば何の問題もないはずですが、すでに二人の気持ちは離れていました。正確には、双子でないことが分かり、冷めてしまったのです。
父をどちらが殺したなどすでに問題ではなくなり、二人の問題はずばり『恋愛』になっていました。
真相は?
千明は千浩が冷静で頭が良く、自分の手を汚さない人間だということを知っています。
そして千浩の父、つまりガイドの男もそんな人間なのではと考えます。
そこで千明が出した結論は以下の通り。
父もまた千浩が旅行でS山地に来ることを知り、二人のことを調べるなどしていましたが、それを新しい妻に不審がられます。
妻は夫の子供が会いに来ることを知り、夫が子供に会うことで今の幸せが壊れてしまうのではないかと恐怖します。
そこで二人に会わせるよう夫に要求し、夫はなんとかそれを回避しようとします。
そしてあの日、山の麓まで来ていた妻に崖から身を乗り出して帰るようアピールした際に、誤って足を滑らせて死んでしまったというものです。
しかしこれはあくまで千明の思いつきであり、真実かどうかは最後まで分かりません。
そして千浩に愛想をつかしていた千明はこの思い付きを彼に伝えることなく、自分の中で秘めるのでした。
結末の意味
ラスト、千明が電話をかけた相手。
おそらく恋人の雄二だと思います。
短いやりとりが行われますが、それが破局を意味するともとれるし、千浩のことを愛していないと表明して雄二に決めたととることもできます。
僕の考えでは前者です。
千明は今まで誰も愛していなかったと考えていて、それには雄二も含まれていたからです。
しかしだからといってこの一夜を過ごした後で、千浩と改めて男女の関係を築くとも考えづらい。
結局、あとは読者の想像にお任せといったところでしょうか。
少し消化不良のところがありますが、これはこれで良かったのではないかと考えています。
コロコロと簡単に変わっていく人間の心、そして自分のことを自分でよく分かっていないという心の不思議。そんなものが、この物語には溢れていたように思います。
おわりに
女性ならではの情緒溢れる文章が魅力的で、最初はそれぞれ魅力的に見えていた千浩と千明の化けの皮が剥がされ、最後には本性むき出しで対峙するところは、本当に目が離せませんでした。
この記事を書いている現在でも、この物語の結末を僕は想像できていません。
しかし、胸にはちゃんとこの物語が焼き付いていて、まるで二人と一緒に夜を明かしたような気持ちでいます。
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