アリス・ワールドという仮想空間で起きた突然のシステムダウン。ヴァーチャルに依存する利用者たちは、強制ログアウト後、自殺を図ったり、躰に不調を訴えたりと、社会問題に発展する。 仮想空間を司る人工知能との対話者として選ばれたグアトは、パートナのロジと共に仮想空間へ赴く。そこで彼らを待っていたのは、熊のぬいぐるみを手にしたアリスという名の少女だった。
【Amazon内容紹介より】
WWシリーズ二作目となる本書。
ヴァーチャルな世界が限りなく現実に近づいた場合、二つに違いはあるのだろうか。
そんな問いを描いています。
僕は読んでいて『クラインの壺』を思い出しました。
W、WWシリーズのこれまでの流れとは少し違った内容と、ロジの人間味が巻を経るごとに出てきているのでとても新鮮でした。
この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。
ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。
あらすじ
ヴァーチャルな世界
グアトはロジに誘われ、ヴァーチャルな世界(仮想世界)に行くことになります。
地下室には仮想空間に行けるカプセルがあり、二人はそれを利用します。
ロジの目的はドライブでした。
設定を自由に決めることができ、二人以外は誰もいません。
ロジはこの世界ではレーシングカーのテストドライバーをしていて、そのレーシングカーに乗ってドライブを楽しみます。
グアトには理解できない趣味でしたが、ロジの嬉しそうな顔が見ることができて、それだけで満足でした。
ところが突然、車が停まり、目の前が真っ暗になります。
指示
気が付くと、現実の世界に戻っていました。
何らかのトラブルだと思い調べると、トラブルの範囲はヨーロッパとアジアの一部に広がり、自殺者が百人以上出たことを知ります。
理由は仮想世界に行けなくなったことだと推測されます。
仮想世界は『アリス・ワールド』と呼ばれ、原因不明のシステムダウンに見舞われ、復旧の目処は立っていません。
向かいの家に住むビーヤ・イェリオ夫妻がグアトたちのもとを訪れ、システムダウンについて話していると、ビータは一度死んだことがあるのだと明かします。
そして、先ほどのシステムダウンは、仮想世界にいる人間に死ぬところを見せていると思ったのだといいます。
その後、人工知能のオーロラから今回のシステムダウンについて話があります。
ドイツの情報局が原因究明に乗り出していて、プログラムの製作者が意図的に仕込んだバグなのではと考え、日本の情報局員であるロジに協力を要請。
オーロラによると、システムは対話を求めているといいます。
任務は仮想世界でシステムと対話をしつつ、目的を探り当てるというもので、グアトもオブザーバーとして参加することにしました。
アリスとクマさん
翌日、安全性などを考慮して、ドイツ情報局のカプセルで二人は仮想世界に入ります。
そこは前回、ログアウトした場所で、車で進むと高原の村といった雰囲気の場所にたどり着きます。
そこには十歳にも届かないくらいの少女が一人だけいて、彼女はアリスと名乗りました。
この世界の神ともいうべき人工知能だとグアトたちは推測。
アリスはぬいぐるみを抱いていて、名前をクマさんといいます。
彼女は二人を待っていて、車で移動しますが、途中で一旦ログオフ。
ドイツ情報局と会議をした結果、アリスは外部ユーザーによるコントロールではないことが分かり、目的の人物である可能性が高まります。
グアトたちは対話を続けるために仮想世界に戻ります。
道中、アリスは子どもと大人の口調を変えながら対話を続け、彼女の目的がだんだん見えてきました。
アリスは全人類に知ってほしいことがありますが、人間はショックを与えなければ動こうとしません。
そこでこのヴァーチャルな世界をリセットすることで、パニックを起こして本気で対策するよう仕向けたのだといいます。
海に着くと船に乗り換えますが、そこにアリスの姿はなく、代わりに船長のモリスが二人の相手をします。
神様
モリスの説明によると、この世界は人類が滅亡した後を再現しているのだといいます。
船が陸を離れてしばらくすると、ハルマゲドンのような爆発が起きます。
幸い、船は無事で、二人はモリスにお願いして引き返します。
グアトは山の方が燃えていることから山火事だと思いますが、後にそれが間違っていることが分かります。
その後、グアトたちはアリスに合流することができ、二人を船に乗せたのは山にぶつかった火の球、つまり小惑星を回避させるためだったことが判明します。
アリスは誰かの指示によって動いている節があり、神は他にいることが推測されます。
次は潜水艦で海底の宮殿に連れて行かれ、アリスは神様がここにいるといいます。
するとクマさんは二メートルほどまで巨大化し、モリスの声で話し始めます。
神様はこの世界が数万年先の未来で、小惑星の落下は演算の結果、現実でも起こること説明します。
これは一般のマスコミを通じて話題にしましたが、誰も問題として受け止めはしませんでした。
しかし、神様は人間を見限ったわけではなく、どう接していけばいいのかを迷っていました。
そこでグアトたちの提案によって、ドイツ情報局との対話まで持ち込むことに成功し、グアトとロジの任務は終わりのように思われました。
区別できない世界
グアトとロジはホテルで休息をとります。
ロジがシャワーを浴びている間に、グアトはルームサービスのワゴンを受け取って部屋にいれます。
これまでのことを考えているうちに気が付くと眠っていて、起きるとワゴンはなくなっていました。
食事をとった記憶はなく、さらにロジがシャワーを浴びたはずなのに浴室は乾いていました。
グアトは、ここがヴァーチャルな世界なのではと疑いますが、それを証明する方法はなく、ここが現実の世界であることを証明する方法もありません。
考えていると、来客がありました。
来客はアリスでした。
亡命
アリスはトランスファであるクマさんの指示でこの部屋を訪れました。
ドイツの情報局はクマさんの世界を消そうとしていて、サーバを見つけ出すために活動しています。
それにはあと一日から二日の時間が残されていて、アリスとクマさんは日本に亡命したいと考えていました。
そして、日本の情報局に掛け合ってもらうためにグアトとロジに協力を求めます。
亡命するにはハードである基板を日本に持ち帰る必要がありますが、手を貸せば犯罪に加担したことになり、ドイツからその罪を問われることになります。
ロジはグアトの身を案じて否定的でしたが、アリスは二人の安全を保障するプランを立てていて、グアトの意思で協力することになりました。
作戦はこうです。
明日、ヴァーチャルにログインすると見せかけてログインせず、クマさんは自分の世界に二人を創って情報局の目を欺きます。
その間にグアトたちは基板を回収し、カプセルに戻ってログオフをした振りをします。
その後、会議に参加するまで一つの工程で、これを三回繰り返すことで基板の回収は完了します。
最後は会議で日本に帰りたいことを伝え、帰りの経路については追ってアリスが指示を出すことになりました。
成功
翌日、アリスの指示に従い、グアトとロジは目的の基板を回収。
会議で二人の帰宅は決まり、アリスとも後で合流することになりました。
今回の問題の中心には政界のスキャンダルがあり、アリスとクマさんはそれを材料に日本に亡命するつもりです。
アリスと合流するとさらに説明があり、グアトたちは基板を載せて車でスイスに向かいます。
一方、アリスはヘリで別行動をとります。
途中の検問で危ういシーンもありましたが、ロジの機転によって何とか乗り切ります。
目的地のホテルに着くと、待っていたのはモリスでした。
彼は現実に生きる人間であり、アリスは彼が引き取ったロボットです。
アリス・システムについて、製作者はモリスの父親といわれていましたが、ほとんどのコーディングをしたのはモリスです。
モリスは亡命のために事前に日本の情報局と交渉しており、そのためにロジがドイツの情報局に呼ばれたのでした。
日本の情報局員が迎えにきていて、モリスはその人物と共に日本に向かいます。
白いドレスの美女でチェスが強い。
けれどグアトは『彼』と表現し、久しぶりに会ったといっています。
確認してから確定しますが、アネバネのことかな?
真実
ホテルに入って一息つくグアトとロジ。
ふとグアトは、どこかでリアルとヴァーチャルが逆転したのではないかと不安に襲われます。
自分が現実と思っていたものが、実はヴァーチャルだったかもしれない。
だとしたら、ロジとアリスは事前に交渉をしていて、その上で作戦が行われたのかもしれない。
そのことを聞くことができずに翌日になりますが、口を開いたのはロジでした。
ロジはドイツ情報局のカプセルの中で、アリスたちやオーロラを通じて日本の情報局と話せる状態にあったのだといいます。
そして、ヴァーチャルにいたロジは最初からアリスたちが創り出したもので、本物の彼女ではありません。
ロジは最後までグアトが作戦に参加することに反対していましたが、最後の亡命の作戦だけは成功率を上げるためにグアトと共に行動しました。
つまり、基板をすり替える作業だけは本物とロジと一緒にいたことになります。
結末
車で帰ろうかという時、ロジはグアトの誕生日プレゼントとして木工に使うナイフを渡します。
本当は一昨日の誕生日当日に渡すはずで、ホテルのルームサービスのワゴンで運ばれてきました。
しかしロジが中を確認するとナイフのスペルが間違っていたため、すぐに返品してやり直しをさせます。
それでもロジの怒りは収まらず、食事も含めて全てキャンセルしました。
その後にグアトが起きたため、リアルとヴァーチャルを混同する事態に発展してしまったのでした。
最後に、車の持ち主は分からず、結局はロジの所有物ということで落ち着くのでした。
感想
これまでとは違った毛色の話で、とても新鮮でした。
VR技術が発達して身近な生活にも登場しつつある時代なので、本書の内容もそう他人事ではないなと思いながら読んでいました。
そして、グアトとロジのやりとりは相変わらずユーモアに富んで、読んでいて飽きがこないですね。
特にロジ。
彼女の人間性は巻を重ねるごとに表に出てきて、もしかしたらドイツに来てから二人で二年も暮らした効果かもしれません。
相変わらず着地地点は読めませんが、これだけは断言できます。
Wシリーズよりも確実に面白くなっています。
おわりに
今回は科学的を越えて、哲学的な問いの多い話でした。
個人的にはもう少しスケールの大きい話がくると嬉しいです。
もしくは、マガタシキの存在をちらつかせてくれるか。
すでに次作『キャサリンはどのように子供を産んだのか?』が2020年2月に刊行予定なので、今から楽しみで仕方ありません。
次の話はこちら。
